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Only you……
第8章 明 4
なんとなく気まずい空気。張り詰めているわけではないのに、口を開くことが出来なかった。
麻都は、オレがいつも食品を買いに行くデパートを知らない。このまま黙っていたら、どこへ送ってくれるつもりなのだろうか。オレは助手席から窓の外の風景を眺めていた。しかしそれは、いつになっても知らない道を辿ることなく、気が付けばオレが日々足を向けているデパートの前だった。
「あれ……?」
オレは思わず驚きの声を上げ、首を傾げた。1度もそんな話はしたことが無いはずなのに。
「どうした、ここじゃマズかったか?」
麻都は様子を窺うようにオレの顔を覗き込んだ。オレはデパートを見て目を見開いていた。
「なんでここって分ったの?」
「え?」
オレの言葉に、今度は麻都が疑問符を浮かべる。オレたちの会話はどこかが食い違っている。
「何でここに来てるって分ったの?」
「ここに来てるのか?」
疑問に疑問を返されては話が進まない。オレは一呼吸をいて「そうだよ」と言った。そして麻都のほうの答えを待つ。
「今日、卵が安いって広告入ってたんだ。もう売り切れてるかもしれないけど」
そういえば冷蔵庫から卵が姿を消していた。危うく買うのを忘れるところだった。
「安売り、知らなかった?」
デパートの自動ドアをくぐり、麻都がカゴを持ってくれる。オレは卵のコーナーに駆け足で向かい、確かに赤札がついているのを見た。
「ホントだ……」
「ちゃんと新聞みろよ」
麻都が笑った。作っているようではなかった。
オレはむっと、拗ねてみせる。
「だって殆ど文字読めないもん! オレ」
麻都はオレの髪をぽんぽんと撫ぜた。
「読んで覚えなさい」
冗談めかした台詞に、オレも表情が和らいだ。数時間まえまでは触れれば壊れてしまうのではないかと言うくらい、張り詰めていた。それが今では、どことなく雰囲気が変わっていた。どういう心境の変化だろうか。
カゴにサクサクと必要なものを詰め込み、オレはずんずん歩いた。麻都が後ろで「買いすぎじゃないか?」とぼやいたが気にしない。今日は密かに豪華な食事にしようと誓った。だって、やっぱり麻都には笑っていてほしいから。