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Only you……
第9章 麻都 5
会場に戻ってから、なんとなく落ち着かなかった。結婚初日から相手のことを考えられなくてどうする、と自分を叱責してみたり、せめて社交界ではきちんと振舞っておかないと示しが付かないと思ってみたり。
押し寄せる人々が一段落ついた頃、りんがワイングラス片手にヒールを鳴らしながらやって来た。まだ酔うほど飲んではいないようで、意識は確かなようだ。
「あら? 明くんは?」
「……ちょっと廊下で休んでるよ」
透真に預けたということは情けなくて言えなかった。いい年して、そんなふうに人を頼っているのを知られるのが嫌だった。
りんは深く突っ込む気もないのかグラスを傾けると思い出したように向き直った。
「ご結婚おめでとう御座います。末永くお幸せに……」
「あ、あぁ有難う。なんかりんに言われると調子狂うな」
毎日のように顔を合わせている人物にそういわれると、なんだか妙な気分だった。嬉しいような、くすぐったいような。
クラッカーの上にチーズとキャビアの乗ったものをテーブルから摘み上げると、ワインで流し込んだ。照れ隠しのつもりだ。それさえもりんにはお見通しなのか、くすくすと笑っている。
「変わりましたね、本当に……」
りんが俺を見つめる瞳、それは母親のそれに酷似している。暖かく、柔らかく、優しく、美しく――。俺は急に金縛りにあったように目が離せなくなった。
「初めて会った時には、正直うまくやっていける自信もなかった。それなのに今では頼りになる社長だもの」
ほんのり頬を染めながらりんは言う。
「おいおい、あんまり飲みすぎるなよ。暴れ出したら手におえない」
「ふふ、分かってるわよ。……でも、なんか自分のことみたいに嬉しい」
少し背伸びをしながら、りんは俺の髪をくしゃくしゃと撫ぜた。せっかくセットした髪がふわりと乱れたが、そんなことよりもりんの仕草になぜか緊張した。普段見ているりんよりも、数段大人びて感じる。
恥ずかしくなって視線をそらすと、りんが勝ち誇ったような笑みを浮かべているのが視界の片隅に入る。なんだかんだいっても、結局りんは頼れる仲間だ。