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Only you……
第9章 麻都 5
明の体は触れていなければ気付かないほど小さく震えていた。今にも膝を折って座り込んでしまいそうなのを懸命に支え、何とか俺に気持ちを伝えようとしているようだ。強く吐息を吐き出しては、唇を噛み締めて言葉を捜していた。
「怖い」
消え入りそうな小さな声。呼吸の音とも聞き違えそうなそれを俺は逃さなかった。
「怖い……振り向いたら、麻都じゃない誰かな気がして、怖い」
「大丈夫だよ」
「だって!!」
ガン――。
明は左の拳でガラスを叩いた。振動が鈍い音を伝える。
「だって、これは悪夢だって祈っても、信じても、オレは逃げられなかった。助けてって叫んでも、誰も手を差し伸べてくれなかった。……怖いよ」
昔を思い出しているのだろう。
逃げても逃げても追いかけてくる黒い影。執拗に攻め立てる人々に脅えながら過ごした日々は、明にどれほどのトラウマを残したのだろうか。明の背中を覆い尽くすほど無数の傷が例え全て癒えたとしても、心の平静を取り戻すことは難しいだろう。――いや、不可能に違いない。
それでも、俺は明を救いたかった。
「明……見て」
優しく耳元で囁くと、びくりとひときわ大きく震える体。右手でしっかりと体を支えながら、左手をゆっくり明の左手に重ねる。その指が月明かりに輝く。
「明……もう離れることはないよ。ほら、繋がってる」
互いの左薬指で結ばれた誓いを良く見えるようにかざす。明はふるふるとそれを見上げた。
その視線が指輪をどう捉えたのかは分からないが、繋がれた手は一層強く握り返された。運命とか誓いとか、そんな抽象的なものに任せきらないで己の力で傍にいるために。
頬に軽くキスをしていつもよりも数段緊張している明を抱く。抱きしめて、抱きしめて。そっと暗闇に溶けていった。俺たちを照らすものは静かな月と星、俺たちを包むものは優しい闇だった。
何度も口付けを交わし、何度も囁きあって笑いあって幸せを噛み締めた。隣にいるのは他の誰でもない、俺なんだと明に教え込ませるようにしつこく愛撫する。大きな瞳をきゅっと閉じる仕草が愛しさを増大させるのだ。