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悪戯な思春期
第2章 重ねた王子様は微笑んで

「さあ?」
 火照りながら私は笑う。
 時刻は五時。
 まだまだ夜は長い。
 雅樹も腕時計をチラリと見て、私の腕を掴んだ。それだけで背中が反応してしまう。
「切符買い直す」
「え?」
 意味が汲み取れずに瞬きしていると、こう付け加えた。
「二つだ」

 電車に揺られながら、私たちは長年寄り添った夫婦のように会話に華を咲かせていた。
「雅樹が卓球?」
「相手の顔にばっかり当ててたから、大会に出させて貰えなかった」
「なんで?」
「こう、訳わからない怒りが漲ってきて……スマッシュ撃ちまくって」
「……よく退部させられなかったね」
「不思議だよ。なんか監督……男なんだけど、多分俺に好意あって、色々眼つぶっててくれたっていうか」
「なにそれ、気持ち悪い」
「だよな?」
 会話は尽きることを知らなかった。
 外見は瑠衣ほど密接になったが、中身はこれから知っていかなくてはならないのだ。
「椎名は?」
「中学の部活? 水泳部」
「へぇ、泳げんだ。残念だな……教えてやりたかったのに」
「なんて?」
 後半が聞こえなかったが、雅樹は笑って誤魔化した。
「関東大会までは行ったけど、やっぱり田舎の県内一でも東京の屈強選手には適わないんだよね……だから、大会後は瑠衣が通うレストランに毎回行ってた」
「瑠衣が?」
「うん。万が一でも逢いたかったからさ……でも、一回も会えなかったなぁ」
 雅樹が黙ったので、沈黙が流れた。
(私って奴はなに堂々と瑠衣の話なんか……)
 失言に気づいたものの、どうすればいいのかわからない。
(やっぱヤだよね。瑠衣の話されんの)
「それ、カタルーニャだろ」
 電車が大きくカーブしたとき、その勢いに乗るように雅樹が言った。
「なんで、知って」
 予想外の返答に混乱する私。
「いや、俺も瑠衣に憧れてるから何度か待ち伏せたんだよ。そこ有名だろ?」
「そうなの? で、会えた?」
「まさか」
 肩をすくめて雅樹は答える。
「だよね」
「でも握手はした」
「ええ?」
「九年前に、まだ瑠衣がブレイクしてないとき、ライブハウスでさ。二十八の瑠衣だぜ? 格好良かった」
 思い出して嬉しそうに語る雅樹を私は瞬きしながら見つめるしかなかった。
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