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可奈さん
第4章 傘
彼女の後ろに立った時、持っていた傘を思い出した。

手動でゆっくり押し上げるとバンッっと音を立てて開き、朱色の灯りを可奈さんの上にともす。
時代劇でしか見たことがなかった蛇の目傘。綺麗な竹の骨組みに貼られた和紙が、落ちてくる雨粒をバラバラとうるさく跳ね返し、行き交う車の水音を掻き消した。


「あの…可奈さん…」


俺は彼女に掛ける言葉をそれ以外何一つ持っていなかった。


「………」


顔だけをこちらに向けた彼女は俺の膝の辺りを見つめ、ゆっくりと視線をあげる。
そして、まるで夜空の星をひとつふたつと数えるように、唇を動かした。


「あなた、…誰?」


その青ざめた顔を見た時、たしかに何かが動きだした。

傘を放り出して抱きしめてしまいたい衝動と、重く打ち鳴らされる鼓動を必死に堪える。俺は可奈さんを見つめゆっくりと屈んだ。


「俺、井口拓也っていいます。…ピザ屋の…」



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