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あの店に彼がいるそうです
第9章 俺は戦力外ですか
スッと輪の外から回って前に出てきた細身の男。
歳は二十後半だろうか。
大人びた落ち着いた雰囲気。
頭のラインに沿うようなストレートの黒髪。
女性のボブのように耳元で切り揃えているのが、妙に存在に合っている。
「あいつ本当に№に入りやがった」
「晃が抜かれんのか」
「浩はなにしてんだよ」
ざわめきが断片的に聞こえる。
話題の人物なんだろう。
篠田が目を細めて給与を差し出す。
「維持するのは大変だぞ」
「まだ上り続けますよ」
不敵に笑んで、類沢を一瞥する。
その一重の眼が氷のように凍てついた。
なんて目で見るんだ。
殺気すら感じられる眼光。
類沢がどんな顔をしているかここからは見られないが、あの二人の間には入りたくない。
「愛ってだれ?」
一夜に尋ねたが、彼も驚きから抜けられていないようで茫然と頷いただけだった。
あとで類沢さんに聞こう。
「今月は新入りが二人入った。瑞希に拓だ。虐めんなよ、お前ら」
一斉に視線が向く。
背筋が冷たくなった。
色んな感情を交えた眼。
左後方にいた拓が俺の隣に歩み寄る。
がっと肩を掴むと、大きな声で朗らかに言った。
「キャッスルにいる親友に負けないように頑張らせてもらいますー。先輩方よろしく」
晃の顔があからさまに歪んだ気がした。
初めて拓の顔を見た者も多いはずなのに、全員が会釈した。
仕事仲間だと認めるように。
「元気が取り柄の野郎だ。お前は言いたいことないのか」
篠田がアイコンタクトする。
緊張で喉が痛い。
いうこと。
いうこと……
なんだ。
えっと。
目線を感じて顔を上げると、類沢がまっすぐに俺を見ていた。
いつもと違う。
いや、初めて会ったときと同じかもしれない。
試す眼。
何を言うの、瑞希。
そう投げかけて。
黙ってちゃダメだ。
息を吸う。
「俺は……」
頭が真っ白になる。
何を言おうとしてたんだっけ。
ああ。
考えてなかった。
みんなが見ている。
なら、言わなきゃ。
「俺は類沢さんのところに行きます」
凍った空気の中で、類沢だけが笑った。