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あの店に彼がいるそうです
第9章 俺は戦力外ですか

「最高」
 帰りの道で類沢が思い出したように云う。
「あの瞬間全員がめちゃくちゃ怖かったですよ……俺マジ何言ってんですか」
「凄い宣戦布告だよね。トップを狙ってたとはね」
「断じてそんなライバルみたいに見ないでください」
 信号待ちで止まる。
 家ではなく、久しぶりにあのイタリアンの店に向かっていた。
「新入りの中でもあれを言ったのは瑞希が初めてだね」
「俺はただ……ただ、離れたくなかっただけなんです」
 青になる。
 類沢が肩に手をかけた。
 行くよ。
 そう囁くように。
 歩幅の違いを実感する。
 俺は早足。
 じゃないと置いてかれそうで。
「借金返したらどうするの」
「え?」
 大通りを外れて路地に入る。
 転々と街灯が照らしている。
 人はいない。
「そのままシエラに就職する?」
「冗談……」
 冗談?
 言っておいて悩む。
 どうなんだろう。
 俺は、大学に戻りたいんだろうか。
 類沢と別れて。
 たぶん、二度と会えなくなる。
 客としてシエラに行くなんてもう考えられない。
「あはは、悩み過ぎ」
「だって想像できないんですもん」
「初めて会った時の瑞希なら、即答していただろうにね」
 はっとする。
 確かに。
 俺はあの時、大学が中心に暮らしてて、河南とともに過ごしてて。
 今はどうなんだろう。
 シエラが生活の中心で、類沢と暮らしてて。
 ぶんぶんと首を振る。
「それはまず半分でも返してから考えます」
「まだ二十五万だったね」
 そう。
 給与は厳しかった。
 蓮花に貰った二十万を含めてその値段だから、まだまだだ。
 俺は話題を逸らすのも兼ねて質問した。
「愛さんってどんな人なんですか」
 足音が止まる。
 ビルの狭間で。
「なんで?」
「いえ……みんなざわついていたので。名前が出たとき」
「ああ」
 類沢は記憶をたどるように宙を眺めて、俺を手招いた。
「やっぱり帰ろうか。家でしか話せないこともあるし」
「ええっ」
 戸惑いながらも追いかけて元来た道を歩く。
 類沢は家に着くまで何も言わなかった。
 整理しているんだろう。
 なにから話そうか。
 そんな横顔だった。
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