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あの店に彼がいるそうです
第9章 俺は戦力外ですか
 いつの間に眠りに落ちていたんだろう。
 真っ白な地平線を眺めて首を傾ける。
 少し痛い。
 寝違えたときみたいに。
 風が吹いている。
 背中の方から。
 香りがする。
 強い香り。
 フレグランスの。
 類沢のとは違う。
 夢の中で嗅覚まで利くなんて珍しい。
「よお」
 振り返る。
 でも、声が後ろからしたのかは定かじゃない。
「こっちだ、こっち」
 何もない真っ白な空間。
 あたりを見回す。
 ぐるぐる回って。
「だれ?」
「さあて、誰でしょうね」
 聞いたことあるか。
 この声。
 記憶をたどる。
 男。
 たぶん、年上。
 空気を貫く低い声。
 誰だ。
 わからない。
 姿が見えたらいいのに。
「お前、なんで彼女と別れねえの?」
 びくっと体が飛び上がった。
 すぐそばに玲が座っていたのだ。
 俺を見上げて。
「な。瑞希ちゃん?」
 脚が震える。
 急いで離れる。
 玲が可笑しそうに破顔した。
「くっ、はははは。なに? また打ってやろうか、キモチイイ薬」
 なんだ。
 これ。
 本当に夢だよな。
 怯えてる。
 全身が。
 もうあんな苦しい思いはしたくない。
 打たれた腕が引き攣っている。
 玲は白いタンクトップにジャージというラフな格好だった。
 いや、こいつはあの時も……
「はぁー……おい。質問に答えろよ」
 がしっと首を掴まれる。
 背後に忍び寄っていた影に。
 振り向くが、顔を見上げてもよく見えない。
「っ、放せ」
 その人影の唇が緩慢に動く。
「脆そうだな、少年」
 声の波が頭から包み込んでいく。
 首筋を舐め、背中を這い、足先まで伝っていく。
 ぞわぞわと鳥肌を立たせて。
 ゆっくりと。
 じわじわと。
 力が抜ける。
 膝からついて、地面に倒れた。
 楽しそうに玲が近づいてきて、髪を掴む。
 もう一方の手で、人影を差してこう言った。

「俺よりずっと怖い人が出てくる前に楽になっちゃえよ」

 悪魔のささやき。
 ずきずきと頭皮の焼けるような痛みを耐えながら答える。
「絶対やだね」
「くくっ。ばーか」
 手がすっと引かれ、頭が地に落ちる。
 くそ、またかよ。
 激痛に息が止まる。
 人間扱いされねえな。
 夢でまでも。
 足音が遠ざかる。
 コツコツと。
 せめて後姿だけでも見たかったが、首を絞めた犯人は見えなかった。
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