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あの店に彼がいるそうです
第9章 俺は戦力外ですか

 ああ、なんかこう。
 凄く、だるい。
 眼を閉じる。
 声がした。
「瑞希!」
 二つが重なった。
 河南と、類沢さん。
 駆け寄ってきた河南がスライディングする勢いでそばにしゃがんだ。
 スカートがふわっと舞う。
 小さな冷たい手で俺の顔を包んだ。
「どうしたのっ。大丈夫?」
 大丈夫じゃないから、揺さぶんないでほしいな。
 苦笑いしながらなんとか頷く。
「類沢……さん」
「ん?」
「さっきのあれ、誰ですか」
 あ。
 これ、正夢になるだろう。
 俺はきっと同じ問いをする。
 愛のことを尋ねたように。
 もう一度。
 そう、予感がした。
 類沢はスーツの裾を指で無造作になぞりながら微笑む。
 俺を見下ろして。
 河南も見上げてる。
 返事を待って。
「うん。瑞希は知らない方が良い人だよ」
 たぶん、未来での返事は違うはず。
 あくまでこれは俺の夢。
 俺の知っていること以上は教えてくれない。
「そうですか……」

 河南の手を借りて起き上る。
 だったら……
 俺の知っていることを確認しよう。
「あのさ、河南」
「なあに?」
 さっきまでの痛みが消えた。
 ご都合主義な俺の夢らしいよ。
 まったく。
 顎を掻きながら言葉を探す。
 どうせ夢なのに、本人を前にしたみたいに緊張している。
 馬鹿馬鹿しい。
「俺たちは恋人で合ってるんだよな」
 きっとこの河南も俺の一部。
 だからその答えが俺の答え。
「えと……」
 あーあ。
 そこは躊躇うなよ。
 隣で類沢が煙草を吸っている。
 なにもかも知った顔で。
 くそ。
 むかつく。
 悔しい。
「やっぱいいや」
 曖昧に笑う自分が悔しい。
「いいの?」
「うん。いいや」
「そっか。じゃ、早く行こうよ」
 河南が手を引く。
「いってらっしゃい」
 類沢が手を振った。
 どこに。
 どこでも。
 河南が微笑んでいる。
 俺はどこに向かってんだ。

 眼を開ける。
 光が差し込む。
 ああ、本当に。
 俺らしい夢だよ。
 なにもヒントをくれやしない。
 隣に横たわる人物を見る。
 珍しく、俺が先に起きたんだ。
 傍らに夜中持って行った本がある。
 ファウスト。
 なんで。
 俺には決して理解できなかった文学だ。
 そっとベッドから降りて、洗面所に向かった。
 薄暗い朝もやの向こうで烏が鳴いた。
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