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あの店に彼がいるそうです
第9章 俺は戦力外ですか
 ノックの音で目が覚める。
 これほど厭なことはない。
「春哉ー? 起きてるよね、春哉~ん」
 しかも相手は酔っている。
 リビングで軽井沢から取り寄せた珈琲を淹れ、熱いうちに飲み干す。
 礼儀の無い客はこのくらい待たせても罪じゃない。
 それから煙草を一本吸って潰してからようやく玄関に足を向ける。
 扉が見えた瞬間に頭が痛くなったのは錯覚か。
 マットの感触まで悪く感じる。
 裸足のままで扉を開く。
「おそいわよー……春哉」
 むっと焼酎の臭い。
 反射的に息を潜める。
「今何時だと思ってる」
「え?……んー、五時七分」
 腕時計を填めた右手首ごと掴んで持ち上げ確認する。
「わかってるなら」
「あっ。ちなみにシエラの定休日」
「そうだが」
「それとそれと」
「なんだ」
 いい加減冷たい風が入ってくるのがイラつき、呂律の回らない相手の返事を急かす。
「ふふ。満月」
 ぴんと立てた人差し指の先を見上げ、春哉はため息を吐いてうな垂れた。
「団子でも持ってきたか、蓮花」
「あたしがそんな気が利く従姉妹だと本気で」
「思ってねえよ。さっさと入れ」
 蓮花はにいっと笑って乱れた髪を片手で束ねると、サンダルを無造作に脱ぎ捨てて部屋に上がった。
 頭を抱えて大きく深呼吸をしてから春哉も後ろから続いた。

 テーブルで向かい合わせの従姉妹を眺めながら吸うこの煙草の微妙な味がなんともいえない。
 そもそもこうして自宅で誰かと一緒に座ることがない。
 雅が来る時も決してソファ以外には座らせない。
 潔癖症だと蓮花に笑われたことがあるが、それがどうかもわからない。
 一生結婚することはないだろうと言われたのは確か松園我円だったか。
 あいつこそないと思っていたが。
 伴を紹介されたときは随分驚いた。
 相手の女性と会ったのは吟だけらしい。
 仲人でもしたのだろうか。
 そうなると雅の結婚式に俺が仲人になったりするのか。
 変なことを考えた、篠田は苦笑いする。
「きもちわるい」
「あ?」
「なに? いきなり笑ったりして。しかもそのニヤァって感じの。変わらないよね。昔からさ」
 勝手に珈琲を注ぎ足し、不味そうに飲む。
 その態度も相変わらずだがな。
「今日はなにしに来た」
「なんだと思う?」
 返答も面倒だ。
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