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孤城の中のお姫様
第2章 山川静香(やまかわしずか)〜都内有名私立大文学部4年年〜
相沢圭司がノーネクタイのワイシャツの左袖をずらし腕時計をチラリと見た。

「あぁ…まだ日没くらいまで見ていたい景色ですが、もう帰らなくては、せっかく山本さんの奥様が手料理を作ってくださるのに、遅くなってしまう…。」

「私…相沢とここにもっといたい。二人きりで、お話していたい。」

「でも山本さんも、山本さんの奥様も心配なさりますから。」

「今日は相沢とどこかで外食では駄目なの?ケータイで連絡すれば済むことでしょ?」

「ここは電波の届かない、地域なんてすよ。電波の届く場所まで、1時間はかかります。その間に、山本さんの奥様が夕食の支度をしてしまわれるでしょう。」

私はポーチから自分のケータイを取り出して、電波状況を見た。アンテナマークがなく、『圏外』だった。

「嫌だなぁ…田舎って…綺麗な景色があっても、すごく不便。」

「こればかりは、静香さんの思い通りにはいきませんよ。なにしろ電話会社のアンテナがない場所なんですから。そういう不便な場所がまだあることを知ったのも勉強になりませんか?」

「私には関係ないことだわ。こんな田舎のことなんか。仕方ないわ、相沢、早く帰りましょ。」

「はい。安全運転で帰りますね。山川先生の大切なお嬢様を乗せて事故なんて、絶対にできませんから。」

「相沢はいつも安全運転じゃない。早く車にもどりましょ。」

「はい。」

「相沢?」

「なんでしょうか?」

「手を繋いでちょうだいっ。」

「はい。駐車場までは。」

私は相沢圭司に手を繋いでもらって歩いた。すごく幸福感に充ちた数分間だった。
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