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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
 
麻衣は、思いのほか深く沈む背もたれに気をとられながら、註文を取りにきた総白髪のマスターにアイスティーを註文した。

『気に入っていただけたようで』

品のよい笑顔で父に応対するマスターと、バツが悪そうに首を縮めてアイスコーヒーを註文した父を見て、すでに父がこの喫茶店で時間をつぶしていたことを知り、麻衣は顔の前で手を合わせ、ごめんなさい、と父に謝るしぐさをしてみせた。

『いいんだ。
 ここのコーヒー、おいしいんだよ』

手首を振る父の顔には、照れ隠しの笑みが貼りついていた。

麻衣の父は元々中学校の数学教師だった。
良くも悪くも、ひとつの型に子供の個性を押し込めていく義務教育制度に疑問を感じ、三十五歳の春に教員を辞め、地元で学習塾をはじめて今年で二十年になる。

自主性と良識を重んじる父の教育方針は、現在の受験制度に必ずしも沿うものではなかったが、地域の保護者からの信頼は厚かった。
小学生を中心に教えながらも、学校で教師にさじを投げられた、いわゆる落ちこぼれ中学生も何人か引き受けていた。
十五年前に病にふした妻を喪ってからは、思春期に差しかかる微妙な年頃の麻衣を男手ひとつで育てた。
かざりけのない話しぶりで、決して大声を張ることのない人である。

『麻衣と休みが合うことなんて、
 滅多にないからね』

二時間近く遅刻した麻衣に嫌な顔ひとつ見せず、父はにこやかな顔つきでうなずいていた。

『それに今年の命日は、
 お母さんに報告しないといけないこともある』

そう言って、ひやかすような視線を送る父に、麻衣は照れくさそうにうつむいた。

圭司が麻衣の実家へ挨拶に行ったのは、渡瀬の容態が安定した五月の連休明けだった。
麻衣は渡瀬が退院してからでも良いのではないかと言ったが、今の勢いを逃すなと、早く顔合わせをするように勧めてくれたのは渡瀬だった。

業界の噂は、入院中の渡瀬の耳にも届いていた。
同業者のあいだで、圭司がいま最も注目されている若手写真家であると取り沙汰されていることも、渡瀬に漏れ伝わっていた。
これから圭司の身辺が忙しくなると踏んだ渡瀬は、自分の病状に遠慮してモタモタしている二人に、『俺のように機会を逃すな』と尻を叩いたのだった。



 
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