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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
 

『そう。
 旅行アイテムとして重宝されたのよ。
 シンガポールって、お国が狭くて、
 中間層のレジャーは海外へ出るのが普通。
 国内は交通網も発達してるし、
 炎天下を長時間歩くことも意外に少なくて、
 どこへ行ってもエアコンが効いてるわ。
 秋物ぐらいまでは
 充分に展開できるんじゃないかしら。
 それとなによりアジア圏では唯一、
 知的財産への意識も高い。
 低税率で世界中から富裕層が集結してる。
 法人税は日本の半分以下。
 新進ブランドが打って出ない手はないわ』

佐和の見識には早苗をうならせるものがあった。
マーケティングやMD(商品化計画)の知識も、ファッション業界にかかわる上で当然必要なのだろうが、そうしたことを淡々と語ることのできる佐和に早苗は感服した。
彼女が積み上げてきた学殖やキャリアが、素敵な装いを押しのけて内面の美しさをにじませるように思えた。

佐和はそれ以外に、現在シンガポール進出を検討している国内アパレルの情報も話して聞かせたあと、

『そろそろ、握ってもらいましょうか?』

と早苗に訊き、店の主人に視線を送った。
主人は、あいわかりましたというふうに微笑み、註文も訊かずに握りはじめた。

主人との無言のやり取りで、佐和がこの店の常連だということに気づいた早苗は、普段からひとり静かに酒をたしなむ佐和を想像した。
常連客にありがちな、店の者との親密さを他の客にひけらかすような、鼻につく得意さは佐和から微塵も感じられない。
女のひとり呑みはときに痛々しく映るものだが、佐和はきっとそんな惨めさをまとわずに、女の一人遊びを上手にたのしんでいるのだろう。

二人の前に鯛とヒラメの握りが並び、佐和はほんの少し醤油をつけ、ささっと平らげた。
こういう場所のマナーとして当然のことではあるが、その食し方には若い女にありがちな勘違いした恥じらいがなく、自分のやりたいことを迷わずやってきた人間だけがもつ、いやみのない気丈さが感じられた。
それによってこちらも遠慮なく食べることができる。
もてなしの上手な人だなと早苗は思った。


 
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