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曖昧なままに
第10章 密かに去って
 慰安旅行を含め、体感的に非常に長く感じた休日も、過ぎてみれば束の間なのか。ひたすら会社に拘束される日常が、また始まろうとする――朝。

 洗面台を前にして、シャカシャカと歯を磨く俺。鏡に映る自分の顔を何気に眺めていると、この数日の様々な場面が自然と脳裏を巡る。

「はあ……」

 不意にため息をつき、歯磨き粉がダラリと口元に垂れる。眠気の疲労を残した、だらしない顔のバツイチ三十男。その脳はまだ、機能を発揮しようとはしてくれていない。

 それでも目を覚まそうとして、口を濯ぎ顔をバシャバシャと冷水で洗う。そしてタオルを手に取り、顔を拭き終わった時だった。

「――?」

 洗面台と洗濯機の隙間に、何かが落ちているのを見つけて、俺はそれを拾う。

「これ……愛美のか?」

 恐らくは、ここで着替えをした時に、彼女が落としたのだろう。俺が拾い上げていたのは、黒い小さな財布であった。

    ※    ※

 会社にて、午後三時の休憩時間のこと。俺は何時も如く喫煙所にて一服。そうして一息ついた後、上着のポケットから例の財布を取り出す。

 俺は洗面所で拾ったそれを、そのまま会社まで持って来ていた。すぐ返してやらなければと思い、仕事終わりにでも待ち合わせよう考えたのだが。

 午前中にその旨をメールで伝えたが、この時間まで愛美からの返信はない。

「困ってるだろうに……」

 やや躊躇しつつも、俺は財布を開き中身を確認することにした。現金も然ることながら、免許証やカード類等の有無により、その緊急度は変わろう。

 しかしざっと調べた感じでは、入っているのは数千円の現金のみ。その他はクーポン券やスタンプカードがあるくらいで、特に重要と思われるカード等は見受けられなかった。

 これなら次に来た時でも、大丈夫かな……? 何となくそう判断し、財布を上着に戻そうとした時。その中から何かが、ヒラリと舞い落ちた。

「ん?」

 どうやらそれは、写真のようである。俺は拾い上げて、そこに写されているものを目にした。

 これ……誰なんだ? やや古びたその写真に愛美の姿はなく、写っているのは只一人の男だけ――。

 しばしそれを眺めていると、突然俺の手から写真がパッと消える。

「何の写真ですか?」

 いつの間に、そこに居たのだろうか。俺から写真を取り上げたのは、西河奈央であった。
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