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曖昧なままに
第10章 密かに去って
 そう言えば今いるのは、愛美と初めて出会った場所。しかも広いフードコートの中で、無意識の内に同じ席を選んで座っている。

 俺は何を期待しようと言うのか。愛美と再び会ったとしても、元の関係に戻ることはできない。そんな自分だと知っていたから、俺は彼女に奈央のことを話した筈……。

 カツ、カツ、カツ――背後に近づくそんな足音を、俺は不意に耳にしていた。

「!」

 ほんの一瞬色めき立つものを覚え、しかし直後にはそんな自分をあざ笑う。足音はヒールの響き。そこに愛美のイメージは、微塵も感じさせてはいない。いつも彼女が履いていたのは、ぺったりとしたスニーカーだ。

 振り向くにも及ばず、その足音も次第に遠ざかって行く――。

 結局、俺は――愛美の与えてくれた幾多の快楽に、絆されているだけなのか。だとすれば最低。奈央にも申し訳ないし、一刻も早く忘れ去るべき……。

 キュ――カツ、カツ、カツ。その時――過ぎて行ったはずの足音が、踵を返すようにして引き返して来るのがわかった。それは明らかに、俺に向かって接近している。

 そして――ピタリと俺のすぐ後ろで、その響きは止まった。

「……!?」

 俺は否応なしに振り向き、その顔を見上げる。すると――

「こんにちは」

「あ……!」

「フフ――幽霊でも見たって顔ね」

 そんな風に言われるのも、無理はない。ある意味に於いて、俺は予想を超えて驚いていた。

「曜子……」

「お久しぶり。元気、だった?」

 そこに立っているのは――曜子(ようこ)。三年前に別れた、俺の元妻であった。
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