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曖昧なままに
第13章 忌むべき過去(愛美の独白)
 当時の柴崎さんは、三十を少し過ぎたくらいの年齢。仕事は何をしているのか教えてくれなかったけど、お母さんとは務めるお店で知り合ったようだ。それからは度々家を訪れ、三人で一緒に食卓を囲んだりしている。

 お母さんが目に見えて、変わってゆくのがわかった。疲れた顔も見せずに、溌剌として――とても綺麗になっている。

 お母さんの変化を、私も素直に喜ぶ。そしてたぶん、私も少し変わっていたのだと思う。相変わらず学校には行かなかったけど、前よりも笑うことが増えた。そうなったのも、柴崎さんの存在があったから……。

 私は何時しか、柴崎さんが家に来るのを、心待ちにするようになった。

 私の人生で初めての、近しい大人の男性。柴崎さんの前では、私も変に大人振ることもなかった。寧ろ我儘を口にしては、柴崎さんに甘えたりして。私が彼に求めていたのは、露知らぬ父性であったのだろうか。

 だけど――そうではないと、私は痛感することになる。

 それはある夜のこと。自分の部屋で寝ていた私は、喉の渇きを覚え目を覚ます。台所に行き水を一口飲むと、何やら怪しい声を耳にする。それは廊下の奥の、お母さんが寝室として用いている部屋から――。

「……」

 私は何かを察して――ドキドキと高鳴りゆく鼓動。

 ダメ……いけない。そんな想いに反して、廊下を奥へと進む――私の足。そして部屋のドアを僅かに開くと――私は中を窺い見た。

 部屋の中では――


「ああ……いいっ」

 お母さんは乱れて、恍惚のままそんな声を洩らして。

「はっ……はあ……ふっ」

 柴崎さんは息を荒げて、その上で激しく蠢く。

 厭らしい音を鳴らし、絡み合う舌。波の如く突き刺す、腰の躍動。全てを迎えんとして、はしたなく開かれた脚。

 薄暗い照明に照らされ、裸の二人が艶めかしく交わっていた――。


「……!?」

 それを目にして襲っていた、言い様の無い衝撃。私はよろめきながらも、そこから逃げ出す。そして自分の部屋に戻ると、布団を頭から被っていた。

 身体がガタガタと震え、それが止まらない。

「な、何で……?」

 私はその動揺の原因を、自分の中で探す。

 初めて目撃した大人の情事。そのショック――それも確かにある。

 けれど、それだけじゃない。頬を伝った涙が、それを物語る。

 その時、私は――嫉妬していたのだった。
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