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曖昧なままに
第13章 忌むべき過去(愛美の独白)
 私は柴崎さんのことを――とても刹那的な人だと感じた。

 ふざけて笑っている顔も。お説教をする真剣な顔も。母を前にした時の顔も。そして今、私に見せている顔も……。

 恐らくその瞬間に於いて、彼の中に偽りはないのだろう。

 只――すぐに移ろってしまう。だからこそ、私はこの刹那を逃したくはなかった。

 たぶん初めて私を――私自身を見つけてくれた、この刻を――。

 それでも私は所詮、あらゆる術を知らない。

「んっ……んん」

 柴崎さんの頭に強く抱きついても。閉じたままの唇をいくら押しつけ続けても。私の中に高く積み上がろうとする何かに、まるで届きはしない。現実に苛む息苦しさに、足掻くだけで必死だった。

 そんな状態を見かねたのか。柴崎さんはしがみつく私の身体を、ゆっくりと引きはがす。そしてまた、何時もの笑顔に戻り、こう訊ねた。

「どうだった?」

「どうって……煙草臭い……あと、髭が痛かった」

「ハハハ。ゴメンな。だからもう、離れてくれないかな」

「あ……」

 気がつけば私は、胡坐をかく柴崎さんの膝の上に、ちょこんと腰を乗せていて。まるで抱っこされている、幼子のよう……。

 またとても子ども扱いされた気がして、私は赤面した。せっかく踏み込んだ一歩が、これでは台無し。そう感じた私は――

「この後は、どうすれば……」

「この後って?」

 自分でも驚くようなことを口にしていた。

「お母さんにするみたいに、してくれないんですか?」

 柴崎さんは思わず息を呑み、それから少し怖い顔をして言う。

「それはできないよ」

「でも――」

「ま、愛美……ちゃん?」

 その変化には、既に気がついていた。私の太腿に当たっているのは、男の人の部分。そのズボンのふくらみを、この手で擦り。僅かな知識を辿り――私は訊いた。

「こうなるのって――私が女である証拠だと、思いますけど」

「それは……つい、油断して……と、とにかく離れて」

「いやです。だって、今のこの高鳴りは――私のものだから」

 私はそう言って、ソレを強く握る。

「……!」

 すると、彼はそのまま俯き。やや間を置いて再び上げた顔は、もう別の顔をしていた。

 そして――

「だったら、愛美――」

 怖いくらい低い声で、私に訊ねる。

「俺の言う通りに――できるのか?」
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