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曖昧なままに
第13章 忌むべき過去(愛美の独白)
 ある日、私は母と柴崎さんの口論を耳にする。喧嘩しているのを見たのは、それが初めてのことだ。

 二人が揉めているのは、どうやら柴崎さんの仕事に関すること。家に来た当初は定職ではないにせよ、柴崎さんも一応は働いていたらしく。でもその仕事も辞めてしまい、母はそれを怒っているのだ。

 母は厳しい言葉を言い放ち、夜の仕事へ出かけて行く。

 珍しく落ち込む背中に近寄り、私はこう声をかけた。

「大丈夫?」

 柴崎さんは振り向くと、バツが悪そうに苦笑する。

「ああ、愛美ちゃん。ハハ……情けない処を、見せちゃったかな」

「お母さん、酷いよ。あんなに、怒らなくたって――」

「しょうがないよ。どう考えても、おじさんが悪い」

 今、そうして話している柴崎さんは、何時もの柴崎さんだ。その顔は母を前にした時のものであり、私のことをその娘として見ている。

 けれど私は既に、それを切り替える術を身に着けていた。

 柴崎さんの肩に寄りかかり、私は耳元で囁く。

「愛美が――慰めてあげよっか」

「――!」

 それを耳にして、その表情が俄かに変わる。それを合図として、母も知らない――私と彼の二人だけの世界が始まってゆく。そして――

 もっと喜ばせることができたら、そうすれば……きっと。それは、二人の諍いを目にしたことで、私の中に生じた善からぬ気持ち。

 この時――私は初めて、自らの口を使っていた。


 まだ垂れ下がっている彼を――あーん、と開いた口に含み入れる。けれどその先、どうしていいのかわからない。口を用いた業があることすら、知っていたのかも定かではなかった。

 でも――

「ま……愛美」

 私を見下ろした、彼の興奮を顕わにした顔。それを見て、私はこの行為の肝をおぼろげに理解する。

 普段、物を食べる為に用いる口。あろうことか、それで男の局部を咥え込む。その精神的な作用があれば、未熟な私でも果たせるのだと思えた。

 それを裏付けるように、彼は瞬く間にムクムクと膨らみ、私の口を押し広げている。

 そうなれば前後に動かすのは、たぶん手の時と同じ。その為には滑るように、唾を満たした方がやり易かった。

 そして肝心なのは、彼の顔を見つめることなのだ。きっと幼い私であるからこそ、この眼差しが武器となり得ると――。

 私は彼の顔を見据えて、頭を激しく振り続けた。
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