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言われてみれば、単純で。
第6章 言われてみれば、単純で。
1ヶ月ぶりのキョーちゃんの部屋はいつもと違っていた。
普段は綺麗に片付けられたはずのこの部屋。
申し上げにくいのだが、それの面影はない。

俺がいつも座っていたソファには脱ぎ散らかしたシャツの山。
床には本が散乱している。


「ごめんなさい。少し散らかってて」

「うん。申し訳ないけど、煙草、いいかな?」

「いいですよ」

キッチンの奥に入ると、空になったビール缶がちょっとしたタワーになっていた。
ジャケットを脱いだキョーちゃんがキッチンにやってきた。

「丹羽先輩。何か飲みますか?」

「うん」

「お茶でいいですか?」

「うん」

彼女が俺の隣を通ったとき、やっぱり甘い匂いがした。
煙草と、彼女の、交じった匂い。

やっぱり、甘い。

知らなければ良かったと思う、匂い。

何故こうなってしまったのだろう。
換気扇に吸い込まれる煙を見ながらも彼女が気になって仕方ない。
かといって見ることも出来ない。
俺が出来るのは彼女の立てる生活音に耳を澄ませるくらい。





「...熱ッ」

「だ、大丈夫?」

横を見ると、キョーちゃんの腕に熱湯が掛かっていた。
シャツの上から掛かっている。

急いで煙草を消して、彼女の腕を引っ張って水道の水に当てる。
シャツまで濡れているがこの際どうでもいい。

「丹羽先輩。痛いです」

「そりゃあ、熱湯掛かったら痛いよ」

「違います。腕」

俺は思ったより強く、彼女の腕を掴んでいたようだった。
仕方ないよ、吃驚したのだから。

「ごめん。お茶、俺が淹れるよ」

俺はキョーちゃんの腕から手を離して、彼女の代わりにお茶を入れた。
ガラスポットに入れられた丸い、茉莉仙桃(モリセントウ)。
そんな名前だった、気がする。

キョーちゃんは、腕を流水で冷やしたままそのポットを見つめてた。
俺も一緒にそれを見た。

丸い茶葉がゆっくりと、少し濃い目の桃色の丸い花を咲かせる。
ジャスミンの香りが広がった。


「これ、好きなんです」

「綺麗だね。俺も好きかも」

「好き、なんですね」

「好きだね」

キョーちゃんは、腕を冷やし終えると着替えに行った。
そりゃあ、濡れたままでは気持ち悪いだろう。

俺は残されたキッチンで先程キョーちゃんの腕をつかんだの手の感覚を思い出した。
随分と細くて、軽く力を入れただけで折れそうな、か弱い腕だった。
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