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ただ一つの一対
第2章 少女は夢を見る
 
 力での争いになれば、女である菖蒲は圧倒的に不利である。だが菊が崩そうとしても、菖蒲は潰れない。菊に比べれば短い人生、だがそれを剣道に捧げてきた少女が積み上げた経験は、簡単に崩せるものではなかった。

 菖蒲は鍔迫り合いから身を引くと同時に、引き小手を狙う。道場の床が鳴り、足音が響く。だが、仕掛けてくると分かっている攻撃を受ける程、菊は愚かではない。それを抜くと、攻撃直後で僅かな隙の出来た菖蒲に竹刀を振り上げた。

 審判の持つ旗が、ぴくりと揺れる。が、それは上へ上がらない。菊の竹刀は横に払われ、制御を失ったのだ。

 針の穴のような隙でも、それは致命的な硬直だった。稲妻の如く、竹刀が迫る。面へ向かう真っ直ぐな竹刀を避けようとしたが、菊の体に走るのは胴への衝撃だった。
 今度は審判の旗が、三人全て綺麗に上がる。

「胴あり!」

 菊はしばらく、その場に立ち尽くす。胴から真っ二つに分かれたような衝撃は、菊の頭を空っぽにしていた。

「菊君?」

 道場主に声を掛けられて、菊は我に帰る。試合はまだ終わった訳ではない。しかし菊は、まだ自分が菖蒲に敵わないとはっきり悟っていた。
 
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