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ドアの隙間
第9章 ふたり
夏を迎えたある日、仕事を終えて帰宅すると、家の電話が鳴った。

「はい、吉村でございます」

「奈津美、俺、悟史」

言葉を失った。

「おかしな言い方だけど、親父の事を頼む」

「えっ」

「だいぶ前に親父から報告があって、知たんだ、一緒に暮らしてるんだろう?」

「………」

「……奈津美、たくさん傷つけてごめん。……でも俺、奈津美を愛し……」

「やめて」

「そうだね、ごめん」

「もう切るわ」

「親父を憎んだよ」

「……」

「自分を棚に上げて、親父が許せなかった」

「切るわ」

「俺、大人にならないとな、父親になったんだから。……親父をよろしく」

受話器を置いた。
悟史の声は、辛い思い出と懐かしさで私を戸惑わせた。前と違うのは、少しばかりトーンの下がった落ち着いた声だった。


夕食を済ませた夫は、ソファーでくつろいでいた。

「今日は、悟史さんから電話がありました」

「ん?……そうか」

「親父を頼む、って言われました」

「……他には?」

「父親になったんだから、大人にならないと、って」

「他には?」

「それだけです」

「そうか。式を終えてから、君との事を知らせた時には怒りに震えていたけどね」

「………」

「おいで」

隣に掛けた私の肩を抱き寄せ、彼は暫く何も言わなかった。

「あいつにとって私は、最悪の父親だ」

「……でも、頼みますって」

「あぁ……」

夫が私の髪を撫でた。

「結局私は、悟史にも君にも酷い事をした」

「それは違います。私は幸せなんですよ」

「ありがとう」

「私が、重荷ですか?」

ずっと感じていた。私がいなければ、彼は今より少しは楽になるのではないかと。

「ははっ、私は君がいないと生きてゆけないよ」

夫は笑い、肩を抱き寄せた。



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