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ドアの隙間
第12章 エピローグ
由貴は大手出版社に就職した後に彼と別れ、今も以前と同じアパートに住んでいた。

「ママー、ゆきちゃーん、はやくはやくー」

「望、由貴お姉ちゃんって呼びなさい、 そんなに走ったら転ぶわよ」

「はーい」

望は五才になった。由貴や店長夫妻に家族同然に接してもらい、職場の仲間みんなに可愛がってもらっている。
望を保育園へ迎えに行った帰り道、偶然由貴と出会い、自宅へと誘われた。

「はりきってご招待したのはいいんですけど、夕食は焼きそばなんです」

「みんなで作って食べれば何でもごちそうよ」

評判の洋菓子店でケーキを買い、互いの近況を話しながら歩いた。
由貴のアパートを訪ねる度、あの日の事を思い出す。靴音を響かせ、階段を下りてきた夫。その時の嬉しさを懐かしむと同時に、二度と会えない現実が何度も私を打ちのめした。けれど今、ここに至るまでのあらゆる出来事が、すべてを優しい思い出に変えつつあった。
私達親子に対する周囲の気遣い、優しさ、厳しさ。そのどれもに愛がこもっていた。可愛がられ、時には叱られて、笑ったり泣いたりする娘はやんちゃで素直に育っている。

「明日は望ちゃんの運動会ですね」

「そうなの、早く起きてお弁当作らなくっちゃ」

「石崎さんは来てくれるんですか?」

「そうなの、望がわがまま言って無理やり約束しちゃったのよ」

「……で?」

「えっ?」

「も~、じれったいなぁ。いつまで石崎さんを放っておくんですか」

先を歩く望を気にして由貴が小声になった。

「彼とは何もないのよ」

「わかってますよ。だからじれったいんですよ。このままじゃ石崎さんは、ずっと奈津美さんの事を、奥様、って呼び続けますよ」

「……」

「奈津美さん、石崎さんの気持ち知らないんですか? みんなが知ってるのに」

「……」

「ずっと奈津美さんと望ちゃんを見守ってきた人ですよ」

「……怖いの」

「えっ?」

「ずっと望の母親としてやって来たのよ、だからその……今まで誰とも、手を握った事もないのよ」

「奈津美さん」

「好きなんですか?」

「……えぇでも、自信もないし……、簡単な事じゃないわ」

「望ちゃんの事を気にしてるんですか?それとも亡くなった旦那様への後ろめたさを感じるとか?」

「…………」

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