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ドアの隙間
第4章 頭と心と身体
二度目のレストランは、義母と来た思い出の場所になってしまった。だが、そんな話につい黙りこんでしまう義父を目にして、今はそっとしておこうと思った。

シャンパンを開け、メインのビーフシチューに笑顔がこぼれる。
私はそのうち話題に困り、職場の店長の無礼を打ち明けた。

「それは聞き捨てならないな。奈津美さん、次の仕事を探しなさい」

「でも、4月までの辛抱です。来年は移動の年なので」

「ううむ、でも充分に気をつけるんだよ、そういう輩は油断きない」

「はい、二人きりにはなりません」

その後義父は、悟史の子どもの頃の話や、変わり者の部下の話で私を笑わせた。デザートがでる頃には、義母と旅行した時の話を懐かしげに語ってくれた。
久しぶりにそんな義父を見た。落ち着いた声、優しい目、和やかでほっとできるひとときだった。

最寄り駅まで戻って来たのは夜の10時過ぎだった。

「行きつけのバーがあるんだけど、寄っていかない?」

「へぇ、お義父さんの隠れ家ですか。行きます」

そこは私の職場から少し離れた場所にある雑居ビルだった。

「二階だよ」

二人で乗り込んだエレベーターが二階で停まった。

「おっと」

バーの入口付近で男女が濃厚なキスを繰り広げていた。それどころか、男は女を壁に押し付け、乳房を鷲掴みにしている。
義父の咳払いに、二人がゆっくりとこちらを見た。

「あ……」

驚いたことに、店長と静香さんだった。

「入るよ」

「お義父さん、すぐ行きます」

私は、どうも、と言いつつ二人をじっと見比べ、義父の後に続いた。
バーのカウンターに並んだ私は、「お義父さん、セクハラの心配はなくなりました」と話し掛け、たった今目にした衝撃の現場を嬉々として話した。

「ははっ、面白い事があるものだ」

「はい。すごく愉快。弱味を握りました。月曜に出勤するのが楽しみです」

「ふふっ。私もほっとしたよ」

「ご心配をおかけしました」

義父はバーボンを、私はワインを手に祝盃をあげた。

「それにしても以外な組み合わせで、びっくりしました」

「うん。男女の関係はとくに、あり得ない事が起こりがちだからね」

「そうですね、ふふっ」

義父はグラスをカウンターに置き、私の椅子に触れたかと思うと、自分の方に向けた。

「……綺麗だよ」

私の髪をそっと撫でて義父が言った。


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