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ドアの隙間
第5章 女の影
――帰りは遅くなりそうだから夕飯はいらないよ。先に寝てて

夫からのメールだった。
私は義父と簡単な夕食をすませ、食器を洗っていた。

「奈津美さん、私は読みたい本があるから部屋で横になるよ」

風呂から上がって来た義父が言った。

「はい、おやすみなさい。お疲れさまでした」

義父は部屋に行こうとして立ち止まり、振り返った。何か言いたげな様子を察して待っていると「……おやすみ」と優しく私を見つめ直しただけで部屋に入って行った。
彼が僅かでもどこかに触れてくれたなら、その腕に崩れ落ちていただろう。けれど閉じられたドアは厚い壁となり、そこから先へ進むことは許されなかった。
忘れ去られたマフラーを見つめ、ため息をついた。

(ネェ サトシィ、マダァ?ハャクゥ)

女の甘えた声が耳に残っている。
義父と過ごしていなければ、最悪な心境で休日を過ごしていただろう。 その後ろめたさも手伝って、私は冷静に夫を待った。暫くは何も聞かずに様子を見ようと。

日付が変わる頃、夫が帰宅した。

「ただいま。まだ起きてたんだ」

「うとうとしてたの。おかえりなさい、どう?楽しかった?」

「あぁ、でも疲れたよ。すぐ寝たい」

脱いだ服を無造作に脱ぎ散らかす夫が、向こうを向きでベッドに座り、白っぽい何かをたたんでいる。

「あら、それなに?……、え、マフラー?」

肩越しに覗く私に

「えっ? あ、あぁ、寒かったから途中で買ったんだ。……あ、せっかく編んでくれたマフラー忘れていってごめん」

「いいの、それより見せて、なかなか素敵じゃない」

「うん」

それはブランドロゴ入りのカシミアのマフラーで、着るものに頓着ない買い物嫌いの夫が、一人で選んだとはとても思えなかった。

「あ、洗濯物は袋ごと脱衣所に出してきたよ」

「了解、明日洗うわ」

「お願いします」

「ねぇ、明日はどのマフラーをして行くの?」

「もちろん奈津美が編んでくれたやつにするよ」

「そう、嬉しい」

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

夫はほっとしたのか疲れたのか、横になるとすぐに寝息を立てた。私は悶々としてなかなか寝付けず、隣でのんきに寝ている夫に無性に腹が立った。


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