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ドアの隙間
第8章 ひとり
仕事や職場の仲間に溶け込みつつ、ひとりの部屋で孤独を味わう日々。がらりと変わった生活はせわしなく過ぎ、心に余裕の持てないまま長い梅雨が明けようとしていた。

バイトの学生が多い職場は明るく和気藹々としていた。将来の夢を語る者もいれば、これといった目標もなく呑気な者もいる。流行りの音楽や映画、恋愛。軽く話を合わせておけば成り立つ彼らとの付き合いは、寂しさを紛らせるにはちょうど良かった。

いつも心にかかるのは義父の事だった。立ち読みする客の中に義父の姿を探し、似た風貌の男性に目がいってしまう。
電車に乗り、気晴らしにショッピングに出掛けた帰りなど、最寄り駅を通過して、あの町で降りてしまう事もあった。変わらない駅前は苦い痛みと切なさを思い知るばかりで、私はすぐに背を向けてホームに戻った。
義父はどうしているだろう。ミカは大きなお腹を抱え、幸せを噛み締めているだろうか。悟史は妻を気にかけているだろうか。
お義父さん、あなたの側に誰かいますか?


「奈津美さんて、彼氏いるんですか?」

由貴はアルバイトの女子大生で、偶然同じアパートに住んでいた。

「いないわよ」

「えーっ、もったいない。モテそうなのに」

「そう?」

「そうですよ。奈津美さん結構人気あるんですよ、バイトの男の子達に」

「そうなの?」

「奈津美さんから見たらあんなのただのガキですよね、ふふっ。じゃあ、好きな人はいるんですか?」

「どうかな」

「あ、その言い方は、いるんですね」

「さぁ」

「いるんだ。男の子達全滅、ははっ」

由貴はいつも溌剌としていて嫌みがなく、職場でも人気者だ。同じアパートの住人と知ってからすぐに打ち解け、今日のようにシフトが同じ日には、レジの精算で遅くなる私をいつも待っていてくれる。

「お疲れ様でした。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

由貴が二つ隣のドアへ入るのを見送り、私は自宅の鍵を開けた。 部屋の隅に置かれたベッドで、義父がくれたクッションが私を待っている。ベッドに腰掛けてそれを抱きしめ、義父が買ってきてくれた夜の事を思い出した。
いつもそうだった。いつもそこに戻っていく。私はあの長い夜を、何度となく思い出していた。
彼の胸で泣きじゃくった夜。おぶってもらった夜道――
忘れる事などできない。声が聞きたい、彼の温もりが欲しい。



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