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ドアの隙間
第8章 ひとり
「怪しい男だな」

「誰だろう。奈津美さん、知り合いですか?」

「………」

「暗くてよく見えないけど、あの格好、若くはないよな」

あの人だ、あの人の後ろ姿。

「奈津美さん、どうしたんですか、固まってますよ。ヤバい人ですか? 逃げた方がいいですか?」

由貴に肩を揺すられた私は言葉につまり、首を振った。

まさか夢?
夢なの?

「あ、降りて来るよ」

階段を降りる靴音に胸が震える。
彼だ……あぁ……

「こっちにくる」

「しっ、西野くん黙って」

由貴が西野の腕をとって私の後ろに下がった。

「やぁ、しばらくだね」

その人が言った。

「あーっ!あのおじさんだ」

由貴が声を上げた。

「えっ」

「そうだ、思い出した、夏休み。奈津美さんが子供達に絵本を読んであげた事がありましたよね。あの時、それを見守ってるっていうか、優しげに見ていた人がいたんですよ。私、お孫さんを見てるとばかり思っていたんです」

「よく覚えてるなぁ由貴」

「忘れないわよ。背が高くて素敵な人だったんだもの」

「ちぇっ」

「本を読むのヘタだね」

彼が笑った。

「…………」

懐かしい声、懐かしい眼差し。
あぁ、このまま時が止まって欲しい。幸せを手にしたこの瞬間に死んでしまっても構わない。だって彼が目の前にいる。
胸に飛び込んでしまいたいのを必死に我慢した。
笑顔を作っているのに涙が頬を伝う。その涙を彼が拭った。

「……頬が冷たい」

「さ、寒かった……から」

マフラーを外して私に巻き付ける義父。由貴が呟きが聞こえる。

「見つかったんだ、もう迷子じゃない」

「ん? なに?」

「何でもない。西野くん、いこっ」

由貴が西野のを強引に引っ張って彼の部屋に消えた。

「奈津美さん」

「………」

「君を抱きしめる権利が、まだ私にあるかな」

こくんと頷いた。
懐かしい匂いがする。義父の腕の中で私は震え、彼は腕に力を込めた。不安も疑念も孤独も、この腕に抱かれさえすればかき消える。
これが夢じゃありませんように、夢じゃありませんように……

「寂しかったかい? 痩せたね」

「お義父さんのせいです」

ここでは拗ねる事も許される。
義父は私の額に柔らかなキスをして、そうだね、と言った。連絡を絶った私を責める事なく。



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