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ドアの隙間
第9章 ふたり
「悟史はあれからすぐ九州に転勤になったよ。ミカさんと同じ職場だろう? まずい事が会社にいろいろとバレてしまってね。彼女は退職して、無事女の子を産んだそうだ。親子3人、なんとかやってるだろう」

「……そうですか」

淫らな夢を見て憤った自分を恥じた。
あの家の表札が変わった理由を知りたい。

義父がくしゃみをした。

「あ、中に入りましょう」

「いいの?」

「風邪をひいたら大変です」

先に立って階段を上がり部屋に招いた。

「ここが君の城か、狭いなぁ」

「一人身には充分な広さです」

ヒーターをつけ、コートを受け取ってハンガーに掛けた。

「その袋何ですか?」

さっきから気になっていた小さな紙袋。

「これ、君に」

「私に?」

袋の中を覗いた。

「あの……お義父さん」

「ふむ」

「また焦がしたんですか?」

「前より上手く焼けたんだけど、だめかな」

ラップで無造作に包まれたホットケーキが出てきた。悪戦苦闘している義父の姿が手に取るようにわかる。

「ふふっ、なんとか食べられそうですね」

「だろう?」

「コーヒーを入れますから座っててください。インスタントですけど」

「ありがとう」

義父は珍しそうに部屋を見渡し、小さなテーブルの脇に座った。一人増えただけで部屋が更に狭くなる。

「どうぞ」

目の前に愛しい人がいる。嘘みたいだ。緊張してしまう。ドキドキする。

「いただきます」

「いただきます」

「ちょっと焦げ臭いな」

「ふふっ、なかなか上達しませんね」

カップを持つ手が震える。義父の優しい眼差しが息苦しく、つい目を逸らせて下を向いた。

「奈津美さん」

「はい」

「寂しかったよ」

「……」

「やっと会えた」

彼のひと言ひと言に心が揺れる。ずっと求めていた温もりを前に戸惑う私は、初めて恋をした時のように恥じらい、身を固くしていた。
何か話さなければ。そうだ、聞きたいことがあった筈だ。

「あの……」

「ん?」

「一度自宅に電話したんです、でも番号が変わったみたいで……」

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