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ドアの隙間
第9章 ふたり
「連絡くれたのか、嬉しいね。君の携帯に繋がらなくなったから、てっきりふられたと思ったよ」

でもあなたは来てくれた……

「いい人が出来たのかと……」

「そ、そんな人いませんっ」

咄嗟に顔を上げた私は、頷く彼の瞳に熱いものを感じて再び俯いた。彼は何も変わっていない。落ち着き払っていて、私が狼狽えている事など気にも止めない。
枝先に辛うじて残っている最後の一葉が落ちるまで、風のように、絶え間なく息を吹き掛けてくる。

「あの家は売ったよ」

「えっ? どうして……思い出がたくさんつまった場所ですよ。これから先、家族みんなが集えば賑やかになって、またたくさんの思い出が……」

「君がいない」

強い風が吹き抜けた。

「言っただろう、奈津美さんの為なら家を売るって」

「あ、でもあれは冗談……」

「一人で住むにはあの家は広すぎる。思い出が押し寄せてきて寂しくなるばかりだった。今を生きてるんだからね。孤独な廃人になっていくのはごめんだ」

「……」

「ははっ、不思議なもので、売る事を思い付いたら希望が湧いてきてね。君に堂々と会いに行くことを考え始めた。ちょっとした賭けだったけどね。そこだけに望みを繋いだと言ってもいい」

青年が夢を語るような屈託のない表情だった。正面から私を見つめ、嘘のないな思いを語っている。

「む、無謀だと思わなかったんですか? もし私に彼がいたり、結婚してたらどうするつもりだったんです」

彼は一瞬目を丸くしたが、すぐ冷静に戻った。

「……がっくりと打ちひしがれるだろうが、君が幸せならそれでいい」

「そ、そんなのイヤです!」

「ん?」

「私は、私にはお義父さんしかいないのに」

「ははっ、おかしな人だな。君からの質問だろう?」

支離滅裂なのはわかっていた。けれど、そんな私を甘受してくれる人だと知ってもいた。涙ぐむ私の頭に義父の手が伸びる。深い優しさが胸に満ちた。悲しく無いのに涙が溢れ、笑顔と混ざって顔が歪む。

「行こう」

「え?」

「さぁ立って」

彼はコートを羽織り、私の手を取った。

「ま、待って……」

急いでコートとバッグを掴み、義父のあとに続いた。
冬の夜道を義父に手を引かれて歩いた。
温かく大きな手。この道標さえあればどこへでも歩いてゆける。離したくない。もう二度と――




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