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私は犬
第16章 人並みになりたい*
ああ…。現実に追い立てられて過ごすのと、何も知らずに夢を見て過ごすのと。一体どちらが幸せなんだろうって…。真実を何も知らずに、ラベンダーの手帳に淡い期待を込めて、夢を綴ったであろう持ち主が、何だかとても羨ましく思えて仕方なかった。



水曜日。

「九宝君、急で悪いが通訳を頼む。」

と、帰社したばかりの音羽主任に慌ただしく同行を命じられ、向かった先のお相手は、中国系のアメリカ人だった。

これ、通訳要らないじゃないのよ…。と云うか、音羽さん英語出来るでしょ。何で私が必要なのよ。

ホテルの最上階のやけに広い一室に設えられたソファーに腰掛けて、広東語で交わされる会話に、じっと耳を澄ますものの、全く意味が分からない。

李さんの両サイドには、黒いスーツのお付きの人が、直立した姿勢で控えていて、ちっとも全く動かなくって、なかなか怖い…。まるでマフィア映画みたいだわ。静止して立っているのが得意なら、ウィンザー城で近衛兵になればいいのに。

最初の挨拶のみ英語で交わされ、お相手の名前が李眞杞さんだと分かったくらい。

バカみたいに微笑みながら座っているのにもいい加減飽きた…。

ほら。李さん、またこっち見てる…。剛ちゃんの大好きな台湾俳優の、霍建華に似た綺麗なお顔をしているけれども。李さんの方が細身ね。それにしても、さっきからジロジロと失礼な人だわ…。
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