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私は犬
第21章 赤い紐*
「真子ちゃんお待たせ。紹介するね。こちら、黒澤正幸さん。」

あ、いけない。真知子先生だ…。お席、立たなくちゃ。

「初めまして。九宝真子です。真知子先生には、いつも良くして頂いて。大変お世話になっております。」

「初めまして。黒澤です。真知子の言う通り、美人さんだね。」

「でしょ?お人形さんみたいでしょ?性格も、すっごく可愛いのよ。」

ああ。容姿を褒められるのは苦手…。きっと、お世辞に決まってる…。

「行きましょうか。ここの中華は美味しいのよ。」

ああ…中華なんだ。よりによって…。

2人が歩き出したので、黙って後に続いた。大丈夫。私はきちんとできる。どんな時でも、どんな場所でも。その為に、ずっとお作法を練習し続けてきたのだから。ネガティブな感情は顔に出してはいけない…。冷静さを欠いてはいけない…。毅然と振る舞わなくては…。

個室に通され、他愛もない会話を聞きながら、時々相づちを打つ。問われた事には、少しだけ微笑みながら返事をする。

お食事は小さく小さくして口に運んで。会話を向けられたら、口の中のものは舌の下へ隠してから、お返事をする。お返事をお待たせしてはいけないの。

背筋を伸ばして…。お臍の下に少し力を入れて…。見えない場所でも足はきちんと揃えて。動作はなるべくゆっくりと……。大丈夫。ちゃんと出来てる。

大丈夫。私は大丈夫…。

今、私が口に入れたのは何だったかしら?
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