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私は犬
第32章 我慢の限界*
どれ位そうしていただろう。

「小さなお嬢さん。」

そう小さな声で呼ばれて振り返ると、イザークさんが立っていた。

「お袋は、おかげさんでいい人生でした…。」

イザークさんはそう言って、私の肩にそっと手を置いた。返す言葉が見つからない。

「私、とっても寂しいのよ…。」

やっとの思いでそう告げると、肩に置かれたイザークさんの手に少しだけ力が入ったような気がした。

「真子さま、そろそろお時間です。」

痺れを切らしたのか、横田さんが迎えに来た。行かなくちゃ。でも、このまま行ってしまったら。もう2度と生きては逢えない気がする。

「小さなお嬢さん。行きましょう。」

イザークさんに、そう促されて、立ち上がるしか無かった。エンデのお婆ちゃんのしわくちゃな両頬に、ビズをして。不謹慎を承知で耳元で小声で囁く。

「長い間、私の帰る場所でいてくれてありがとう。さようなら。どんなお婆ちゃんでも愛してる…。」

窓から差し込む日差しが眩しい。お婆ちゃんが愛した、眼下のレマン湖を見渡してから、そっと踵を返した。

「お待たせ。早く行きましょう…。」

どんなに長くても後3〜4日だと。玄関まで通路を歩きながら、イザークさんが教えてくれた。きっと、あのまま眠るように旅立ってしまうのだろう…。エンデのお爺さんの元へ。
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