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私は犬
第33章 さよなら
ゆらゆらと意識が旅にでる。ここは……開け放たれた窓から湖が見える。厨房の中で丸椅子に座って、胡桃割器で黙々と水に浸された胡桃を割っているのは…私だ。

エンデお婆ちゃんは、隣の丸椅子に黙って座りながら、私が割った胡桃から中身を取り出している。

『……だって、もう、お父さまもお母さまも居ないのよ。』

『ふーん。そりゃ奇遇だねぇ。アタシの父さんと母さんも、もう居ないのさ。』

誰もが腫れ物を扱うように私に接する中で、口を開けば可哀想にと私を哀れむ中で、お婆ちゃんだけは、どこまでも普通に接してくれて。日々苛まれ続けた小さな疎外感が、側にいるだけで、勝手に修復されていった。

『明日の朝はこの胡桃で、胡桃キャラメルのタルトにしよう。どれ、週末パンは綺麗に焼けたかねぇ…。全く、ヨハンは何処まで釣りに行っちまったんだか。』

お婆ちゃんがぶつぶつ言いながらオーブンへ向かうと、厨房の扉の外から犬の小さな声が聞こえてきた。扉を開けると、灰色と黒と茶色の犬が、首から駕籠を下げて座っている。

『またロルフだけ先に帰ってきたのかい…。お前、ちゃんと爺さんも連れてこなきゃ駄目じゃないか。』

お婆ちゃんに叱られたロルフは、情けない顔をして俯いた。
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