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口琴
第15章 守るべきもの
普段は徒歩で通学している聖だが、あれから自転車を使うようになった。と言っても、学校に自転車通学の申請をしていないので、バレないように、学校近くのスーパーの駐輪場までだ。

希望ヶ丘への足として必要だった。

今週から中間テストが始まっていて、三時限で放課だ。生徒達はみな、真っ直ぐ帰宅する中、聖は自転車で、心臓破りの坂道を登り、鬼ヶ島へと向かう。

しかし、未だに蕾を助けるどころか、塀の中さえ探れないまま。ただウロウロと石塀の周りを一人歩くだけで、まるで動物園の熊のようだと思っていた。

石塀は高く、165㎝の長身の聖でも中を覗くのは不可能だ。背伸びしようが、ジャンプしようが、全く埒が明かない。
猿や雉のお伴でもいれば、この鬼の巣窟に攻め入る事ができただろうか。

「いつまで、こんな事ばっかやってんだ…俺…何とかしなきゃ…」

そう思いながら、周囲を見回すと、向かいの公園に銀杏の木が目についた。美しい金褐色に葉を染めた立派な木だ。

「そうだ、あの上なら!」

運動神経はそこそこある聖だが、木登りなど生まれて初めてだ。何度もずり落ち、あちこちに擦り傷を作りながら、やっとこさ一番低い枝に辿り着いた。
それでもジャンプするよりはいくらかマシだ。
しかし、見えたのは日本庭園の木々ばかりで、人の姿は見えない…。

秋の風が、聖の胸に冷たく刺さる。

「…蕾…。つぼみーーー!つぼみーーー!つぼみーーー!」

聖は声の限りを叫んだ。何度も、何度も。

………………………………

返って来たのは風と、落葉の乾いた音。

銀杏の葉は、嘲笑うように聖の目の前を掠めて舞う。

「…俺…あいつに…なんもできねぇのかよ…」

途方に暮れる聖の脳裏にふと、蕾の声が蘇った。

『…私…ハーモニカが聴きたい…』

蕾と別れる最後の日、蕾が呟いたあの言葉。

自分が蕾に出来る事は一つだけ…例えその音色が届かないとしても…吹き続けたい…。
滑るように木から下りた聖は、自転車に跨がると、秋の風を切り裂いて坂道を下った。

           
中條家では、数日前からカードキーが一枚紛失していると言う騒ぎが起きていたが、中條は捜査を北川に任せきりにし、蕾とまぐわっている時以外は、アトリエに籠るようになった。

そして…今日…

「蕾?おとうさまのアトリエへ来なさい。いいものを見せてやろう。フフッ…」
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