この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
口琴
第15章 守るべきもの
空耳なんかじゃない…
確かに聴こえた、ハーモニカの音色…
茜色の空を見上げ、音の主を探して歩く。
だだっ広い庭園は、どこま行っても庭園で、蕾の体力を奪うばかり。
それでも、聖に会いたい一心で必死で歩いた。
「聖君…どこ?…あいたいよ…」
しかし、十歳の足には、あまりにも過酷な広さ。
「はあ…もうダメ…歩けない…。やっぱり無理だ…」
疲れが絶望を生み、茂みの中でうずくまった。
汚れて冷えきった素足を、ポタン…と温かい雫が濡らす。
バリーーン!ガシャーン!!
突然、ガラスの割れる音が、蕾の耳をつん裂いた。
蕾は驚いて立ち上がると、屋敷の方から黒煙と火柱が立ち昇るのを見た。
「え!?…火事?…」
屋敷の中から、人々が転がるように逃げ出す姿が見える。悲鳴を上げ、パニックになる大勢の人々。
しかし、その中に中條の姿を確認することはできなかった。
蕾は、その場から身動きができずにいた。
「どうしよう…こわい…聖君…助けて…」
その時、誰かがこちらへ走って来たので、蕾はさっと茂みに身を隠した。
そっと覗く…
使用人ではなさそうだ。
黒いニット帽、チノパン、サンダル…。
ニット帽で顔がよく見えなかったが、あのチノパンとサンダルは見覚えがある。
「パパ?…」
蕾の中に、言い知れぬ不安が渦巻いた。
「どうしてパパが?…まさか…」
蕾は敬介の後を追いかけたが、途中で見失ってしまった。
やがて消防車のサイレンが鳴り響き、辺りは物々しい雰囲気に包まれていく。
緊急車両が次々にやって来て、消火活動が開始された。
それまで震えていた蕾だが、力を振り絞って走り出した。
人混みの中へ。
誰も蕾の事など見ていない。
逃げ惑う大勢の人々と、消防隊やレスキュー隊に紛れて走った。
人の流れについて行くと、大きな門が。
蕾は、やっと外へ逃げ出すことができた。
中條家の周りには黄色い規制線が張り巡らされ、大勢の野次馬達が取り囲んでいる。
野次馬を掻き分けて抜け出すと、急に力が抜け、膝から崩れ落ちてしまった。
緊急車両の赤色灯が、野次馬達の興奮と同化している。
人だかりの向こうでは鬼ヶ島の城が、夜空を赤々と焦がして焼け落ちていく。
蕾は、悪の巣窟の無惨な最期を、ぼんやりと見つめていた。
「蕾!」
その声は、暗闇に立つ背の高い少年。