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口琴
第15章 守るべきもの
「さっそくお訊ねしますが…昨夜、ハーモニカの音を聴いたと?」

「ええ、そうよ。男の子が吹いてたわ」

「その少年は、あの子ですか?」

森下は壁のカーテンを開け、マジックミラーになっている窓から、取調室の中を見せた。

「そうねぇ…よく覚えてないけど、あの子だったような…。何しろ、この歳でしょ?目がねぇ。それにもう暗くなってたから…」

「何時頃だったか、覚えておられますか?」

「ええ。いつもは四時過ぎに、リリーちゃんのお散歩に行くの」

「リリーちゃん?あぁ、このワンちゃんですか?」

「ええ、とってもお利口なの。ねぇ」

老婦人は、綺麗にトリミングされたプードルの毛を撫でた。

「でもね?昨日はテレビに、きよしちゃんがゲストで出てたの」

「きよしちゃん?」

「あら、やだ、あなた知らないの?氷山きよし。私、大ファンなの」

「はぁ…」

「それで、ついついテレビに夢中になっちゃってね?そのあと家事を済ませてたら、お散歩の時間がすっかり遅くなっちゃって。お家を出たのが六時過ぎだったかしら…。
いつもの公園までゆっくりと歩いて行ったらね?ハーモニカの音色が聴こえたのよ。とっても素敵な音色だったから暫く聞き惚れてたの。
それでね?一体誰が吹いてるのかしら?って思って。でも、音はすれども人がいないの。
変だわ?って思ったら、リリーちゃんが、銀杏の木を見上げて、騒がしく鳴くの。
いつもは大人しいのよ?ねえ、リリーちゃん?フフッ。
それでね?木の上に何かあるのかしら?って思って見てみたら、男の子がハーモニカを吹いてたの。
そうねぇ、高校生くらいに見えたけど…。
私、何回か声をかけたわ?『お上手だけど、危ないから下りてらっしゃい?』って。
でも、ハーモニカに夢中みたいで、返事をしなかったの。あんまりお節介すると、ほら、最近の子ってすぐキレるじゃない?"ウザイ"とか言って。
だから私、これ以上関わるのは良くないって思ったわけ。
それで帰ろうとした時、中條さん宅から煙が上がってるのが見えたの。
それから消防車が来るまで、随分時間がかかった気がしたわ~」

婦人は、脳天から出ているような声で、息継ぎも忘れたかのように捲し立てた。

森下は、時折軌道から逸れる婦人の話に若干イライラしながらも、相槌を打った。
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