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口琴
第15章 守るべきもの
「…そ、そうですか…それで、どんな曲でしたか?曲名とか…」

「ほらあれよ、あの曲。ドナウ川の…えーと、なんて曲だったかしら?…クラシック。あなた、ご存じない?ララ~ラララ~ラララ~」

「あぁ、何となく聞き覚えが…。ハハッ…」

老婦人がママさんコーラスばりのファルセットを使って歌い始めたので、これ以上は耐えられず、当たり障りのない言葉で制した。

その時、廊下から何やら騒がしい声が。

「やだっ!離してっ!」

「こらっ、待てっ!大人しくしなさいっ!」

森下が廊下へ出ると、長い黒髪の少女が制服警官と数人の刑事に抱き抱ええられ、もがている。

よく見ると、外国人の子ども。

蕾だった。

「どうした?なんの騒ぎだ?その子は?」

「は。すみません…。実は、この子が私の駐在所にやって来ましてね?いきなり『ヒジリ君の所へ連れてけ』って言うから、何の事か分からなくて…。
事情を聞いたら、なんでも希望ヶ丘の火事がどうのこうのって。
それで、何か知ってるのか?って訊いたんですけど『ヒジリ君は犯人じゃない』の一点張りで…。
名前も歳も親の名前も住所も、何を訊いても何も言わないんです。日本語は通じてるんですけど…。
ただ『お巡りさんにヒジリ君が連れてかれちゃった』ばっかりで。
それにこの子、裸足なんですよ、ほら。何だか、ただ事ではなさそうで…。
昨夜の火災は東署が調査中なので、とりあえず連れてきたんですが…」

「…分かった。ご苦労様。君は駐在所へ戻りたまえ」

「はっ」

制服警官は、敬礼をして戻って行った。

肩で息をする蕾。

手にはハーモニカを握りしめている。

「こんにちは。君、裸足だけど、どうしたの?」

「…これ、聖君に渡すの…」

「まあ、落ち着いて。ここへ来て座って?」

森下は、老婦人と同じ部屋へ蕾を入れた。

「ハロ~」

老婦人がにこやかに挨拶したが、蕾は俯いたまま何も言わなかった。

「彼に何の用?」

森下は蕾の目線までしゃがみ、優しく訊ねる。

「…このハーモニカで聖君は、あの家から私を助けてくれたの!だから犯人じゃないの!」

「助けた?」

「…うん…」

「よし、分かった。おじちゃんが渡すから、君はここにいて?」

「…会えないの?…」

「今は無理なんだ。ごめんね?」

森下は、項垂れる蕾からハーモニカを受け取ると、取調室へ向かった。
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