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口琴
第16章 妹の体温
親父達は明後日まで帰らない筈…

そう思いながら、ゆっくりと階段を下りる。

インターホンのスイッチを入れると、モニターにうつ向き加減の人影。

雪が降ってる。

誰…女の子…

赤いダッフルコートのフードをかぶり、前髪を小さなハートのチャームが付いたヘアピンで留めている。
フードの中の顔はよく見えなかったが、髪はボブカットくらいだ。

みわでも、千夏でもない。どう見ても、学校の同級生の女子ではなさそうだ。

グリム童話から飛び出した"赤ずきん"のよう…

「はい。どちら様ですか?」

インターホン越しに応答する。

モニターの少女が顔を上げた。

「あ…あの…こんばんは…。聖君は…いますか?」

「………!」

…蕾…嘘だろ?…

聖は返事をするのも忘れ、玄関へ飛び出した。

雪の中で佇む少女。

少し背が伸びて、髪を切り、顎のラインがシャープになって大人っぽく見えたが、翡翠色の瞳を潤ませ、柔らかな微笑みを浮かべる表情は昔と変わらない。
そこに立っているのは、紛れもなく蕾だった。

「蕾!…どうして?…」

「…ずっと…ずっと…逢い…た…かっ…ぅっ…」

語尾は殆ど声にならなかった。

「…俺も…」

"逢いたかった"…そう言いたかった。込み上げる熱い思いが、言葉を詰まらせる。

蕾の腕を引き寄せ、抱き締めた。

言葉はいらない。
こうしているだけで、伝わる…。

「あったかい…」

聖の胸に顔をうずめたまま、蕾が呟く。

「あ、ごめん。ここ寒いな。中に入ろ?」

「…ありがと…」

微笑む蕾の鼻先が、寒さのせいか、泣いたせいか、赤くなっていた。

「お前、鼻赤いぞ?」

「え?やだっ!」

慌てて両手で鼻を隠す蕾を見て、思わず笑った。

「アハハッ!」

「もうっ!笑わないでっ!」

「あ、わりぃ。その…かわいいな…って…思って…」

語尾が小さくなる。

「え?なあに?」

「何でもねぇよ」

「今、"かわいい"って言った?」

「…聞こえてんなら聞くな!」

「ウフフッ!」

「ほら、凍死すんぞ?入って」

「うん…」

…聖君…変わらない…前と同じだ…

蕾は、胸の中にずっと重くのし掛かっていた息苦しい塊が、スッと消えていく気がした。

そして、大人っぽく、男らしくなった聖の姿に、少し気後れしながらも"キュン"と鳴る自分の胸の高鳴りに、戸惑っていた。
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