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口琴
第17章 口琴
「大人の男の人が近づいて来ると、怖くて…。それが学校の先生でも、お医者さんでも…。
そんな時、私の苦しみに気づいたキミちゃんが、こう言ってくれたの…」

『蕾…。セックスは、生物学上は子孫を残す為の行為だけど、人間には"愛"が必要なの。
"愛"とは、お互いの幸せを願うこと。
あなたを弄んだ大人達には"愛"はなかった。あれはセックスじゃない。身勝手な快楽を貪るだけの暴力なの。分かる?でも、世の中の男の人が、みんなアイツらと同じじゃない。
お互いを思い、愛し合って、その人の子どもを授かり、大切な命を繋ぐの。だから、だから躰も心も、一人の人として責任が持てるように成長しなければ…。
蕾もいつか、もっと大人になって、誰かを好きになって、本当の愛を知った時、愛する人と、そうなればいいわね?あなたの全てを受け入れてくれる人が、きっと表れる筈。そして、いつかその人の子ども産んで、幸せになるのよ?蕾には、その権利がある』

「キミちゃん、優しく笑ってた。それから、私の中の泥ようなものが、スッと消えていく気がしたの。
私にとっての愛する人…。それは聖君だけ。私が苦しんでいる時、いつも寄り添ってくれたのは聖君だった。だから私も、聖君が辛いときや苦しいとき、いつもそばにいて、聖君の支えになりたい。そしていつか大人になって、聖君と幸せになりたい。これは"愛する"ってことでしょ?聖君?…」

瞬きもせず、聖を見つめる蕾の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。

「…俺も…」

…お前を幸せにしたい…

言葉を飲み込む。

自分は、そう言えるだけの人間ではないと悟ったから。

蕾は大人だった。
それに比べ、昂る感情にただただ酔っていた自分を、心底恥じた。

皮肉な運命をいくら呪っても、変えることはできない。力ずくで奪い去ったとしても、蕾を傷つけるだけで、幸せになどできないのだ。

蕾の幸せを願うことが本当の"愛"だとしたら、今、自分がしようとしていることは間違っている。

自分に嘘をつきたくないだ?
ただのエゴじゃねぇか!
俺も、中條達と同じじゃねぇか!

聖は血が出るほど叫びたかった。

今なら間に合う。
行くべきではない。

聖は身を引き裂く思いで蕾に告げた。

「わりぃ…。俺は…お前を幸せにできない…。もう…別れよう…」

「……………え?…」

列車の走行音と共に、蕾の鼓動の速度が上がった。
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