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口琴
第17章 口琴
蕾は、聖の言葉が理解できずに、ただ呆然としていた。 
また聖の悪い冗談だろうと、少し顔を引きつらせながら、ニ~ッと笑って見せた。

聖も、おどけながら笑い返してくるだろうと期待したが、その真剣な目は、色を変えることはなかった。

「…聖…君?…」

その後の言葉が続かない…
頭が追い付かない…

息の詰まるような時間が続いた。

一駅…二駅…
沈黙の二人を乗せた列車は走り続ける。

漸く蕾の唇が開き、蚊の鳴くような声を絞り出した。

「…嘘でしょ?…何でそんな冗談…」

「冗談なんかじゃない…本気だ…」

「嘘よ!どうして?…」

「…俺じゃ無理なんだ」

「もう…嫌いになったの?…」

"嫌いだ"とでも言ってやれば、すぐに諦めてくれたのかも知れない。しかしいくら嘘でも、その言葉だけは口にすることはできなかった。

「…とにかく…俺じゃだめってこと…」

「そんなの答えになってない!私、なんか聖君の気に障るようなこと言った?」

「…いや…そうじゃなくて…」

「じゃぁどうして?…ちゃんと話してくれなきゃ分かんないよ…」

「…ごめん…」

「それが答え?全然分かんない…そんなんじゃ…」

「…蕾なら、もっといい男に出会えるよ。俺なんかといるより幸せになれる。きっと…」

「…何それ…何でそんなの勝手に決めるの?いや…私には聖君しかいない…。聖君じゃなきゃ、幸せなんていらない!」

「…蕾…。今まで、ありがとな…」

「…いや…やだっ!ねえ、聖君!…」

蕾が聖のコートの袖を強く掴む。

列車は二人を乗せてから、五つ目の駅に停車した。

プシューッ!

ドアが開く。

聖の大きな手が、コートを掴んだ蕾の手をそっと包んだかと思うと、ゆっくりとその細い指をほどいた。

「…じゃ…」

悲しい笑みだけを残した聖は、一度も振り返ることなく見知らぬホームに降りた。

動けずにいた蕾は、ブーッ!という閉扉の合図に反射的に立ち上がり、聖の後を追った。

プシューッ!

無情にも、蕾の前でドアは閉ざされ、蕾はガラス越しの聖の背中を必死で叩いた。

「聖君!聖君!」

ゆっくりと列車は動き出し、聖の姿が遠ざかる。

ずっと背を向けていた聖が、動き出す列車を見つめる。

その瞳が潤んでいたことを、蕾が知ることはなかった。
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