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口琴
第17章 口琴
脱け殻になった少女を乗せた列車は、何事もなかったかのように走り続けた。

唐突すぎる聖の一方的な別れは、成す術もない。

夕べ、聖の胸に抱かれながら、深く分かり合えたと感じたのは、自分の思い上がりだったのだろうか…

ほんの数分前まで笑い合っていたのに、何が聖の気持ちを変えてしまったのか…

訳の分からない虚無感に、泣くことさえもできなかった。


列車は終着駅に着き、折り返し運行をしないこの列車は、全ての客を下ろした。

蕾だけを残して。

立ち上がることができず、項垂れたままの蕾の視界に、黒い革靴が映った。

「お客さ~ん、終点だよぉ?ほら、降りて~?」

革靴の男の怠そうな口調は、優しさの欠片もない。

蕾は、虚ろな視線をゆっくりと上げた。

見回りの駅員だ。

面倒臭そうに溜め息をつく駅員は、こちらを見上げる蕾の顔を二度見した。

翡翠色の瞳に少し怯んだ駅員は、奇妙な外人風のイントネーションで、吃りながら訊ねた。

「あ、に…日本語、分かりますかぁ~?…ご、ご気分でも悪いのですかぁ~?駅の医務室へ案内しましょう?…」

「……だ…大丈夫です…」

そう言って、なんとか立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、よろめいてしまった。

「大丈夫ですか?!」

駅員が、慌てて蕾の両腕を掴んで支える。

「いやっ!」

反射的にその手を払いのけ、震えながら自分の躰を抱き締めるように身を屈めた。

唖然としてこちらを見る駅員を見た蕾は、ハッとして、怯えたように頭を小さく下げると、慌ててプラットホームへ駆け出した。

「…ハァ…ハァ…」

呼吸ができない。

ふらふらとした足取りで、漸く改札を出る。
寂れたこの街に吹く北風が、小動物のような弱々しい蕾に、容赦なく吹き荒ぶ。

去ってしまった聖を追うこともできない蕾は、重い足を引き摺るように前に進むしかなかった…。
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