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口琴
第17章 口琴
明南岬へは、ここからバスで三十分。

小さな街を出たバスは、ほどなくして海沿いの道を走り出した。

窓越しに見る灰色の冬の海…
白く尖る棘のような波…

バスはいくつもの緩やかなカーブを曲がる。

やがて、岬の高台に海風を受けて凛と立つ白亜の建物が表れた。

『明南岬メンタルホスピタル』


…ママ…

以前、ここへキミ子と訪れた時、母は人が変わってしまったようで怖かった記憶がある。
幽霊のように無表情で、ぼんやりしているかと思うと、突然大声で叫んだり、暴れ出したり、自傷行動を起こしたりしていたから。
しかし、最近では症状も落ち着き、徐々に快復していることをキミ子から聞いていた。

そうは言っても、少し緊張する。

…ママ…大丈夫かな…

清潔間のあるエントランスには、大きなクリスマスツリーが飾られている。

インフォメーションで、来訪者名簿に記名する。

五階のナースステーションで部屋番号を告げると、一人のナースが案内してくれた。

廊下を往来する患者はみな、どことなく違和感があり、各部屋のドアの磨りガラスには、しっかりとした針金の網格子が埋め込まれていて、ドアには鍵が掛かっていた。

まるで刑務所のよう。

蕾は始めてではなかったが、前はこんなに冷静に見ていなかったので、少し驚いた。不安そうな蕾を見て、ナースは優しく微笑む。

「びっくりした?でもね?患者さんの安全の為なの。症状が良くなったら、別の病棟へ移れるのよ?あなたのお母さんはもう、その病棟にいるわ?」

蕾はナースの微笑みに、引きつるように微笑んだ。

少し奥の自動ドアの前で、そのナースは立ち止まると、暗証番号を手早く押した。

別病棟への通路になっている廊下を進む。

その病棟は、まるで普通のマンションのような雰囲気で、さっきまでの異様さは無かった。

「こちらの病棟は、普通の生活へ復帰するためのリハビリを兼ねた病棟なの。病院の医療や介護を受けながら生活するの」

ナースは一つの部屋の前で立ち止まった。
その部屋はさっきまでとは違い、普通のドアだった。

「ここよ?」

トントントン…

「津川さーん、ご面会ですよぉー」

ガチャ…

窓から射し込む太陽に、その人の輪郭が白くぼやけていた。ベッドの横の椅子に座り、窓の外を見ていた母が、ゆっくりとこちらへ振り向いた。
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