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口琴
第17章 口琴
「…この靴…どうして?…」

「…そ…それは…あ…あのっ…」

梨絵の顔が蒼白になり、唇が震え始め、奥歯がガチガチと鳴る。

我が息子の靴…
蕾をあの男に売ったあの日、蕾の足から脱げ落ちた靴…

この靴を見たあの瞬間、昔、身を裂く思いで別れた息子が、蕾を救おうとしたのだと、梨絵にはすぐに分かった。

子供たちが出逢ったのは、偶然なのか必然なのか。

梨絵には運命としか思えなかった。


忘れようとしても、忘れることができなかった息子。

オーストリアから帰国し、再びあの街に戻ったのは、いつか、別れた息子に偶然会えるかもしれないと言う浅ましい下心があったのは確かだ。蕾たちの前では、一切そんな素振りを見せたことはなかったが、いつも梨絵の心の隅には、幼い聖がいた。

この靴は、愛しい聖の存在を間近に感じたのと同時に、傷ついた蕾に手を差し伸べ、力を貸してくれたであろう聖の優しさが想像でき、梨絵の胸を強く打った。

それに比べて、自分は何をしているのだろう。
聖は人として、こんなに立派に成長していたと言うのに…。
梨絵は、自分の犯した重大な罪責の念に襲われ、精神が崩壊していった。

今まで、この靴を捨てることができずにいたのは、何の贖罪もできない自分を戒めるため。
この靴を見る度に苦しみ、自分を追い込むことが、せめてもの贖罪だと思っていたから。

「…はぁ…はぁ…」

梨絵の呼吸が乱れ始める…

「ママ…?…大丈夫?……」

蕾は慌ててナースボタンを押した。

「津川さん?大丈夫ですか?」

ナースによって、処置が施される。

蕾はただ狼狽えるしかない。

「少し眠れば大丈夫よ?」

ナースが微笑む。

それから梨絵は、一時間くらい眠った。
蕾は母の寝顔を見ながら、こんなに母を苦しめた自分を呪った。

…私…みんなを苦しめてる…

…ママも…聖君も…

もう…誰も苦しめたくない…

…ごめんね?…ママ…

蕾は立ち上がり、病室を出ようとしたその時。

「…つぼみ…待って…」

掠れた梨絵の声が、蕾を呼び止めた。
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