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口琴
第17章 口琴
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聖は、ぼんやりと部屋から窓の外を見ていた。
街路樹の枝に引っ掛かったボロボロのレジ袋が、湿った春の夕風に揺れている。
街灯が、深い溜め息を吐くように、オレンジ色の明かりを灯した。
ずっと暗闇にいると、目が慣れてくるものだと自分に言い聞かせ続け、4ヶ月が過ぎようしていた。
しかし、一向に"暗順応"する気配はなく、暗闇の他に見えるものなど何もない。
ベッドサイドの目覚まし時計は、午後六時過ぎを指している。
その引き出しの奥には、あのハーモニカが閉じ込められたままだ。
蕾の手製のケースには、1度も入れられることなく、ましてや吹かれることもなく…。
ハーモニカを封印してから、かれこれ三年以上経っていた。
この時期はオーケストラの公演も少なく、両親が留守にする日も限られていて、今日のような日曜でも、人並みに休みが取れているようだ。
キッチンから、母が夕食の支度をする音や匂いが漂ってくる。
揚げ物の匂いだ。
油の匂いに胃がムカついてきて、ベッドに潜り込み、込み上げる胃液を飲み込んだ。
この家の時間は、何事もなかったかのように流れている。
聖が警察に事情聴取された時、取るものも取り敢えず帰宅した両親。なんとも言い様のない悲しさと怒りで打ち震え、聖はこっぴどく父に叱責されたが、「もう、忘れろ」と言って強く抱き締めてくれた。
母は、ただ側で泣いていたのを覚えている。
この普段と変わらぬ日常は、両親が努めて場を繕っていたと言った方がいいのかも知れない。
他愛のない事を、さも楽しげに話したり、冗談を言って笑ったり…。それが聖の為だったのか、自分達の為だったのかは分からないが。
そんな両親の態度が聖には疎ましく、かえって彼を苛立たせた。
トントントン…
「聖?…寝てるの?…ご飯出来たわよ?…」
母、朋香が呼ぶ。
いつもより、声のトーンが低い気がする。
ドアが開き、朋香が立っていたが、暗くてそのシルエットしか分からなかったが、少し俯いているようだった。
「…俺、メシいらね…」
「…最近あんまり食べてないじゃない…ダメよ?ちゃんと食べなきゃ」
「……」
「…ちょっと、話したいことがあるの…ね?食べなくていいから、下へ来て?」
それ以上、朋香は何も言わなかった。