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口琴
第7章 蠢く幼い指
「ようし、梓、いい子だ。ちゃんと寝るんだぞ?ヒヒッ」

幼い梓は、不満そうな顔を隠せない。

「パパ、ママをパンチするのダメ!悪い子!」

ピンクのほっぺをプクッと脹らませ、小さな唇を尖らせる。

「おい、梨絵。いつものを飲ませておけよ?」

蕾は、卑劣な敬介の背中を睨み付けていた。

睡眠薬…。

梓は、錠剤のままでは飲めないので、細かく粉砕して、アイスクリームやジュースに混ぜて飲まされ、蕾は錠剤のまま飲まされるのだ。

睡眠薬を飲んで眠ると、起きた時、酷い頭痛に襲われる。

だから蕾は、いつも薬を飲む真似をして、敬介の目を欺いていた。

バレたことは一度もない。

すぐにトイレへ流していたから。

今日も飲む振りをするつもりだ。

そして、今日こそ母を助けようと思っていた。

敬介に酷い目に遭わされているに違いない。眠らされている間、夫婦の寝室から漏れる母の声は、尋常ではない。

今日こそ…。

何も知らない梓は、薬入りのアイスクリームを喜んで食べている。

蕾は、いつものように親達の目を上手く誤魔化した。

幼い二人は仲良く歯を磨き、小さなベッドに入る。

いつもこの狭いベッドで、一緒に寝るのだ。

蕾は梓に絵本を読み聞かせ始めた。

「…あるところに、お母さんヤギと七匹の子ヤギがいました…」

程なくして、梓は可愛い寝息をたて始め、薬の効果が現れた。

ガチャ…。

ドアを開けたのは梨絵。

蕾は目を閉じる。

「…ごめんね…ごめんね…」

涙声の梨絵が、二人の頭を何度も撫でる。

「おい、梨絵!早く来い!」

廊下から、敬介の声が聞こえる。

梨絵は涙を拭き、ゆっくりと子供部屋を出て行った。

それからしばらく寝た振りを続けたが、梓の寝顔を確かめると、そっとベッドを抜け出した。

何か武器になる物はないかと、子供部屋を見回したが、これと言って適当な物はなかった。

「あいつをやっつけないと…。あっ、そうだ!」

ランドセルの中から、算数で使ったコンパスを取り出した。

しかし、だんだん怖くなり、膝が震え出す。

コンパスを握った蕾の掌は、汗でビッショリ濡れていた。

怖いよ…どうしよう…。

でも…ママを助けなきゃ…。

震えながら、コンパスをワンピース風のパジャマのポケットに忍ばせ、物音を立てないよう、そっと両親の寝室へと近付いた。
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