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口琴
第10章 二人きりの夜
箸を止めて表情を曇らせ、口をつぐむ蕾を聖は暫く見つめていた。

「…言いたくないなら、無理に…」

そう言いかけた時

「恐いの…。あのおじちゃんやパパが…酷いことするんだもん…。でも、お金が無いとママや梓が可哀想だから…我慢したの。だけどママも、もう私を信じてくれない…。

あの家に帰ったら…私、もう聖君にも会えなくなる…。ハーモニカも聴けなくなる…。そんなの…やだ…。

だから…聖君に会いたかったの。

ハーモニカが聴きたかったの。

聖君なら、助けてくれるかもって…。

でも、聖君には迷惑かけちゃいけないって思って…。

そしたら、亡くなったパパの声が聞こえたの…。パパのところに逝けば、こんなに苦しまなくてすむって思ったの…」

蕾はただ、思いのままを言葉にして、静かな口調で語り出した。

支離滅裂な話に困惑しながらも、聖は蕾の言葉に心を寄せた。

「…会えなくなるって…?酷い事って、どんな事?お前、なんか悪い事でもしたのか?」

「ううん…。なにも…。私はお金と同じなんだって…。
私…あのおじちゃんの家に行かなくちゃならないの…。って言うか、"ようし"っていうのになるんだって。そうすれば、パパはいっぱいお金が貰えるから…」

「養子…?おじちゃんって誰だ?親戚か?」

「中條社長…親戚じゃないわ」

「中條って…あの中條グループの?」

「…よく分かんないけど…。お金持ち。希望ヶ丘にある、鬼ヶ島みたいなおうちに住んでる人…」

「…やっぱそうだ…。そいつに何を?蕾がお金って?」

「…それは…」

核心には触れたくなかった。

「でも、聖君に会えて良かった。これでお別れが言える」

「お別れって…お前、そいつの養子になるつもり?」

「なりたくないよ!どこにも行きたくない!…でも…」

「…いろ…ずっと…ここに」

「…?…」

「どこにも行くな!」

「…聖君?」

「…大丈夫。親父達には俺が話す。だから、な?ここにいろ!俺がお前を守ってやる!」

これ以上迷惑かけちゃだめだ…。

「だいじょう…ぶ…」

蕾は気丈を装って笑うつもりだったが、聖の強い言葉に涙が出そうになった。

薔薇色の頬を更に紅潮させ、瞳を潤ませて、隣の聖を真っ直ぐに見つめた。

ゆっくりと瞳を閉じた蕾。

聖の顔に蕾の顔が近づく。

「…え?…」

聖の心臓は、爆音をたてた。
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