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口琴
第10章 二人きりの夜
花びらのような愛らしい唇が、わずかに開き、微かな吐息が聖の頬にかかる。

「…っ、蕾…」

聖は、生唾を飲んだ。

小さな紅い唇に、自分の唇を重ねようとしたその時。

ガクンと項垂れた蕾が、聖の胸元に倒れ込んだ。

「…え?…」

肩透かしを喰らった聖は、咄嗟に蕾の躰を支えた。

熱い。

「…蕾…?…すっげぇ熱…」

首筋や額がうっすらと汗ばんで、肩で息をしていた。


急な発熱は、精神的、肉体的疲労によるもの。

未遂に終わったとは言え、幼い少女を自殺にまで追い込む程の苛酷すぎる現実。

殆ど眠ることさえできなかった蕾は、心身ともに壊れていた。

蕾は今、聖の力強く、優しい言葉を聞き、安堵した瞬間、張り詰めていた糸が切れたかのように聖の胸に崩れた。

聖は蕾を抱き上げて、ソファに寝かせた。

「大丈夫か?今、氷水持ってくるから。それから病院に…」

聖が立ち上がろうとした時、グイッとシャツの裾が引っ張られる。

「…ん?」

「…いいの…ハァ…大丈夫…。ハァ…ハァ…ここにいて…ここに…いて…」

「…でも………分かった…」

そう言うと、そっと寄り添うように床に座り、蕾の小さな手を優しく握る聖。

蕾は、ぼんやりと霞む視界で聖の顔を見ると、安心したように柔らかく微笑み、眠りに落ちた。

それから、聖はそっと蕾を抱き上げて、二階の自分のベッドへ運んだ。

蕾の額に冷たいタオルを当て、頬を赤くして眠る蕾の顔を見つめた。

この小さな少女の身に、何か非常な事態が起こっている事は確かだ。

"酷い事"って?…

"自分はお金"だって?…

…まさか…。

パズルのような蕾の言葉を拾い集める。

蕾を守りたい。

どうすればいいんだろう。

自分に何ができるだろう。

聖は、必死に悩んだ。

十三歳の聖が抱えきれる問題ではない事など、知る由もない。

しかし、一つ判ったのは、自分はこの少女を好きだと言う事。

そして決意した。

この少女のそばにいて、ずっと離れずに寄り添い、守る事を。


いつの間にか聖も、ベッドにもたれるように眠っていた。




「………くん………」

「ひじり…君……」

聖は微睡みの中で、自分の名前を呼ぶ声を聞いた。

ふと起き上がると、部屋の中は真っ暗になっている。

ベッドサイドに置かれたデジタル時計は、夜の九時を回っていた。
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