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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第1章 第一話―其の壱―
 結婚して五年目、伊八とお絹夫婦は五年ぶりに子宝に恵まれた。が、不運にも折角授かった子は六カ月目に入った矢先に流産した。腹の子は男児であったという。お絹はしばらくは涙も涸れ果てるかと思うほど泣き暮らしたが、やがて雄々しくも子を喪った哀しみから立ち上がり、伊八の止めるのもきかず、再び屋台を引いて夜の町に出てゆくようになった。母にとって、祖父から受け継いだ夜泣き蕎麦屋の仕事は何ものにも代え難い生き甲斐であった。だからこそ、女房にたとえ蕎麦屋とはいえ夜の仕事をさせたくはないという伊八の気持ちを承知しながらも、たった一つ、これだけは譲らなかったのだ。
 むろん、この時、伊八は流産後まもない妻の身体を案じて止めたのだが、お絹は笑って言ったものだ。
―かえって、身体を動かしている方が楽なんですよ。嫌なことも忘れられますしね。
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