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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第35章 第十四話 【雪待ち月の祈り】
喜六郎は、夕刻のかき入れ時に備えて仕込みの真っ最中であった。
喜六郎が板場から出てきた。紺色の前締めで濡れた手を拭いている。
「安五郎?」
小首を傾げるその表情に、さしあたっての憶えはないようだ。
「京にいた頃の弟弟子だとおっしゃってますよ」
「オウ、あの安(や)っつぁんか」
喜六郎がはたと手を打った。
「そいつァ、懐かしいや」
今にも表に飛びだしてゆかんばかりの勢いである。