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第39章 第十五話　【静かなる月】　其の壱

　「花がすみ」は江戸の外れにある小さな一膳飯屋で、お彩はここに勤め始めて、かれこれ七年になろうとしている。京屋市兵衛と初めてめぐり逢ったのもこの場所であった。相手の男の名さえ知らず、お彩は市兵衛に惹かれ、二人は烈しい恋に落ちたのだ。
　逢いたいときに逢えないもどかしさ、恋い焦がれる男の名前、身許さえ知らぬ不安に苛まれつつも、お彩は一途に男を慕い続けた。そして、めぐり逢って三年後、男が実は江戸でも随一と謳われる大店の呉服太物問屋京屋の主人だと知った。