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第39章 第十五話　【静かなる月】　其の壱

　それでも、お彩の市兵衛に対する想いは少しも変わらなかった。大店の主であるという市兵衛の立場や世間的地位を考えて身を退こうとしたけれど、それは、あくまでも市兵衛を愛していたから、何より大切に思っていたからであった。
　今もなお、お彩の心の奥底には、消えることのない想いが焔のように燃え続けている。そのために、ずっと傍で見守り続けてくれた伊勢次を死に追いやることになってしまった。伊勢次に初めて抱かれた夜、お彩はあろうことか、忘れ得ぬ男京屋市平衛の面影を幾度も瞼に蘇らせたのだ。
　お彩に何度求愛を退けられても、なお、お彩の傍に居続けることを望んだ伊勢次にとっては、あまりにも残酷な仕打ちであった。